第9話 幼馴染の秘蔵書②

「それにしても、意外だなぁ。白馬くん……こういう系だったのね」


 赤く染まった顔で、千歳ちゃんは何やら悟ったような表情を浮かべてしみじみと言う。

 この状況では仕方ないが……間違いなく、勘違いされている!?


「いや、違うぞ、千歳ちゃん!? 俺は決して、盗撮に興味があるわけではなく、ただ、まりんに似ている子がそこに写っている、と聞いて……」

「え!?」といきなり、千歳ちゃんはバッとこちらに振り返り、「まりんちゃんに似ている子が写っているから、このエッチな本を買ったの!?」

「ひや……!?」


 ――と聞こえた愛らしい悲鳴は俺ではなく。すぐに物音と「きゃん!?」と子犬のような声が辺りに響いて、俺はハッとして立ち上がった。


 なぜ、ここに……? いや、しかし、俺が聞き間違うはずはない。


 さっと身を翻して踊り場へと上がり、三階へと繋がる階段を見上げれば、


「ま……まりん……?」


 ぎくりとして俺を見下ろす彼女は、――天使でなければ――紛うことなく、まりんであり。ぽうっと頬を赤らめながら、おそらく足を滑らせたのだろう、階段に尻餅ついていた。

 これは……どういう状況なんだ? なぜ、まりんがここに……? 偶然、通りがかるような場所ではないはず……だが。

 まあ、細かいことはどうでもいい。それよりも――!


「大丈夫か!?」


 色々と訊きたいこともあるが、まず確認すべきはそれだろう。

 わたわたと階段を駆け登って訊ねる俺に、まりんは「違うから!?」と慌てた様子で両手を挙げ、


「盗み聞きしてたわけじゃないんだよ!? ただ……国矢くんに訊きたいことあって捜してたら、国矢くんが千早先輩と一緒に非常階段に向かったのを見た、て人がいて……それで、来てみただけなんだよ!? そしたら、その……聞こえちゃっただけなんだよ!」

「『聞こえちゃった』……?」


 はて。なんだったか……と考えるまでもなく。

 まりんちゃんに似ている子が写っているから、このエッチな本を買ったの!? ――となぜかウッキウキに言い放った千歳ちゃんの声が脳裏に蘇り、


「ち……違うぞ、まりん!? さっきのは……」


 咄嗟に弁解しようとして、はたりと言葉を切る。


 待てよ――。


 いったい、何をどう弁解しようというんだ? いや、弁解していい?

 そもそも、あの本は……中一のとき、卑猥な雑誌にまりんに似ている子が写っている、と事実無根の妄言を吐いて騒ぎ立てていた不届きものにお灸を据えてやろうとした際、なぜか押し付けられる形で懐に収めることになったもの。当然、その件をまりんは知らないし、まりんの耳に入らないよう駿河さんに口止めをしたのは他でもないこの俺だ。

 無論、その件は俺は墓場まで持っていく覚悟であり、例え時効を迎えようが口を裂かれようが、まりんに言うつもりは決してない。

 もちろん、ここで悟られるようなことがあってはならないわけで……。

 となると、ここで明かしていいラインというのは――、


「違うぞ、まりん」おほんと咳払いして胸を張り、俺は改まってはっきりと言う。「――そこまで似ていなかった!」

「ふえ……っ!」


 目を見開き、硬直するまりん。凍りついたかのように固まる中で、湯気でも出そうなほどに、ぼっと顔が赤らむのが分かった。

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