第8話 幼馴染の秘蔵書①
「これって……?」
受け取りながら、千歳ちゃんは不思議そうに目を瞬かせる。
「なかなか厳重に封じられてるみたいだけど……」
千歳ちゃんがまじまじと眺める紙袋の口は幾重にも折り曲げられ、ぐるぐるとガムテープが巻かれている。かなりぞんざいで、必死さが窺える。――まあ、巻いたのは、他でもない俺なのだが。
昨日のように思い出せるな。当時の光景も心情もありありと……。
「これ……開けちゃっていいの?」
「ああ。開けちゃってくれ。そのために持ってきたんだ」
「そう……?」
少し躊躇いがちに微笑みながら、千歳ちゃんは「では。いざ尋常に」と時代劇よろしく勢いづけて、ビリッとガムテープを剥がした。
「なんだろう? なんだかクリスマスみたい」
ビリビリとガムテープを剥がしていくにつれ、楽しくなってきた様子の千歳ちゃん。ウキウキと期待が高まっていくのが見て取れて、「あ、いや……」とたまらず俺は忠告を入れる。
「あまり期待はしないでくれ。プレゼントとかの類ではなく……一昨日、頼まれたものを今更ながらに持ってきただけなんだ」
「一昨日って……うちでカレー食べたとき?」
「ああ。あのとき、千歳ちゃん、言ってくれただろう。出会えなかった俺のことを知りたい、と……。だから、まずはそれを持ってきた」
俺ももうずっと見ていない――。
なぜ、隠したのか、と訊かれたら……未練を断ち切るため、とでも言えばいいのだろうか。それを見ると、どうしても思い出してしまうから。まりんと出会う前の自分のことを……。
そこに――そのアルバムに映っているのは、イチハちゃんたちと遊ぶ自分。泥にまみれ、生き生きとしている自分。まりんの幼馴染になる前……思うがままに好き勝手して、やんちゃの限りを尽くしていた自分。そんな自分を思い出すだけで、罪悪感を覚えた。あの日、俺は確かに思ってしまったから。まりんと幼馴染なんかじゃなければよかったのに、と。だから、まりんと出会う前の頃を懐かしむことさえ、負い目を感じた。まりんを裏切っている気がした。
「ずっと……隠していたんだ。俺はもちろん、まりんの目にも触れないよう……。それがまりんのためにもなると思ったから」
まりんの幼馴染にならなければ、と必死だったんだろう。他の全てを捨ててでも……といつからか思っていたところがあった気がする。そして、勝手に……それをまりんも望んでいる、と思い込んでいた。
でも、違ったんだ。
まりんは逆に……あの頃の俺を取り戻そうとしていた。それが分かったから……。
「そんなもの……いいの? 本当に、私が開けても大丈夫?」
ガムテープを全て剥がし終え、千歳ちゃんは神妙な面持ちで確認してきた。小首を傾げ、真心を感じさせる――温かみに満ちた真摯な眼差しで俺を見つめて。
「……ああ。千歳ちゃんに開けてほしい」
はっきりとそう答えると、千歳ちゃんはきょとんとしてから、くすぐったそうに「そっ……か」と微笑んだ。
「それじゃあ、遠慮なく……」
えい、と紙袋を思いっきり開き、中を覗き込む千歳ちゃん。瞬間、その目が点になるのが、傍目でもはっきりと分かった。
「は……白馬……くん?」と紙袋の中身に釘付けになりながら、千歳ちゃんは思いっきり顔を引き攣らせ、「こ……これは……?」
「『これは?』って……見た通り、アルバムだ」
「うん……アルバム……といえば、そう……なのかな?」
どうしたんだ? 何か……変だぞ。千歳ちゃんの様子がおかしい。明らかに動揺しているが。何の変哲もない、ただのアルバムのはずだぞ。
「えっと……うん。ここまでオープンにしてもらえて、幼馴染冥利に尽きるというか、嬉しいくらいなのだけど……やっぱり、学校にこういうものを持ち込むのは、さすがに生徒会長として看過できない、というか……」
「生徒会長として……?」
「できれば、部屋で……渡して欲しかった、かな?」
なぜか、頬をかあっと染めて視線を逸らしつつ、するりと千歳ちゃんが紙袋から取り出したのは、母親監修の俺の幼き日の写真が詰まったアルバム――ではなく、モザイクたっぷりの卑猥な写真が表紙にずらりと並ぶ雑誌。『美少女盗撮100選』だった。
「あ……!!」
さあっと血の気が引くのを感じて、思わず、大声を上げていた。
しまった。間違えた――!?
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