第7話 憧れの場所

「鬼ヶ島アイランド!?」


 燦々と朝日が降り注ぐ外階段に、青空にまで届かんばかりの澄み渡った声が響き渡った。


「白馬くん、行くの!?」と隣で階段に座る千歳ちゃんが、急にグッと身を寄せてきて、興奮も露わに訊いてきた。「いつ!? いつ行くの!?」

「今度の土日……だと思われるが。まだ、詳細は決まっていない」

「そうなんだ〜。へえ……そっか〜……」


 なんとなく話してみただけだったのだが……思わぬ食いつきだ。

 いつになく瞳をキラキラ輝かせ、明らかな羨望の眼差しで見つめてくる。『いいな、いいな〜』という心の声が聞こえてくるよう。

 なんだろう? ものすごく……行きたそうだ。


「千歳ちゃん……興味あるのか?」

「え!?」と大仰なまでにぎくりとする千歳ちゃん。「わ……分かっちゃう?」

「ああ。分かっちゃうぞ」

「そっか〜。いや〜……実は、昔から行ってみたかったんだよね〜」

「鬼ヶ島アイランドに……か? 東京のアレじゃなく?」

「うん。東京のアレは何度か行ったことあるし、アメリカにもあるしね」

「ああ……なるほど」

「ほら、例の男の子――」と千歳ちゃんは膝に頬杖つくようにして、懐かしむように遠くを見つめた。「昔、夏に帰ってくるたびに遊んでた彼。毎年のように自慢してきてね。家族で鬼ヶ島アイランド行ってきたんだ……て。それで、私も行ってみたいな、てずっと思ってたの。でも、こっち帰ってきたら親戚周りとかで忙しかったり、せっかくだから……て遠出したりして、結局、鬼ヶ島アイランドは連れて行ってもらえなくて。――で、高校で今度こそ、て思ってたんだけど。周りで全然、鬼ヶ島アイランドの話題出ないし、誘ってみても皆、微妙な反応でさ……」

「そう……だったのか」


 千歳ちゃんには酷だが……そうだろうな、と思ってしまう。この辺が地元の奴なら(まりんは除いて……だが)少なくとも一度は鬼ヶ島アイランドには行っているだろう。遠足で鬼ヶ島アイランドに行く学校だってあるくらいだ。だから、どこか『子供が行くところ』というイメージがある。中にはもう、飽きるほど行った、という奴もいるだろう。

 俺もまりんに誘われていなければ、鬼ヶ島アイランドに行こう、なんてこの先何十年――きっと己の家族を持つまで思わなかっただろう。


「そうか。それなら……」


 そんなにも熱い想いがあるのならば。是非とも、千歳ちゃんも一緒に――と思ったのだが。

 言いかけた言葉を飲み込み、むうっと口を噤んで腕を組む。

 まりんは千歳ちゃんにボウリングを教わりたい、と言っていた。直接、お礼を言いたい、と……。きっと、千歳ちゃんも一緒に鬼ヶ島アイランドに行くことになってもまりんは快く承諾してくれるだろう、と思う。しかし……だ。


「んん……すまん、千歳ちゃん。千歳ちゃんもぜひ一緒に……と言いたいところなんだが、まりんや本庄と本庄のお友達と行こう、という話になっていてな。その本庄のお友達も同中らしいのだが……何分、俺はまりんと同じクラスになってない同中までは把握しきれてなくて、どんな子かさっぱりなんだ。だから、勝手に五人にしていいのか、判断がつかなくてだな……。本庄もはっきりと『四人で』と言っていたし……」

「へ……」


 千歳ちゃんはぽかんとしてから、


「やだ……違う、違う!」となぜか慌て出し、両手をパタパタと左右に振り出した。「ごめん、そういうつもりじゃないから! そりゃあ、尾行してみたい気持ちは山々だけど……同行するなんて罰当たりなことしないよ!」

ばち……?」


 何の罰……だ? しかも、なぜ、尾行?


「私のことは気にしないで! どうだったか教えてくれたらいいよ。事細かに教えてくれたらなおよし!」


 一際、顔を艶めかせ、ホクホクとしながら、千歳ちゃんは横から俺の腕をツンツンと突いてくる。

 

「事細かに……か。分かった」


 レビュー的な……感じだろうか。千歳ちゃんが行く際に参考になるような……旅レポをご所望ということか?

 正直、作文の類は苦手だが……千歳ちゃんのためだ。鬼も慄く見事な旅レポを作成してみせよう!


「ところで――」と不意に千歳ちゃんは小首を傾げるようにして俺の顔を覗き込んできて、「今朝はどうしたの? お呼び出しは嬉しいんだけど……何かあった? 鬼ヶ島アイランドの話をするため……じゃないよね?」


 訊かれて、ハッと思い出す。


「ああ、そうだった! 千歳ちゃんに見せたいものがあってだな……」


 言いながら、傍に置いていたリュックから紙袋を取り出す。クシャクシャに皺だらけになったそれは、ずっと机の一番下の引き出しの奥に詰め込まれてあったものだ。母親の嫌いな虫やら蛇やらの図鑑の下に隠すようにして……。それは当時の――まだ小学二年だった俺の精一杯の浅知恵で。お粗末ながら、効果的な策だったようだ。おかげで、今の今まで誰にも見つからずに済んだ。

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