第10話 俺の幼馴染①

 やはり――その姿は、まだそこにあった。

 一緒にプレイしたあのレーン。そのベンチにやはり座っていた。遠目からでも分かる。背筋をスッと伸ばし凛として座る、気品に満ちた後ろ姿。紛うことなく、千歳ちゃんだ。

 ホッとしたい……ところだったが。


 そうもいかない状況だということは、一目で分かった。


 静かに座る千歳ちゃん――その両サイドには、全く見慣れぬ人影が二つ……。大学生くらいか、オシャレな(つもりなのだろう)格好をしたお兄さん方だった。


「一人でボウリングなんてつまんないじゃん」

「あっちのレーンで、俺たちと一緒に楽しもうよ」

「誰か待ってるとか?」

「ずっと一人で投げてるじゃん。どうせ、もう来ない、て。諦めてさ……」


 近づくにつれ、その会話がはっきりと聞こえてきて、嫌な予感が確信へと変わる。

 ナンパだ――。

 そうと分かれば……。


「お言葉ですが、一人でボウリングして何がいけない――」


 サラリと髪を耳にかけ、淡々とした口調で言い返さんとする千歳ちゃん。その背後に忍び寄り、ベンチの背もたれに――彼女を挟むようにして――ガンッと音を立てるようにして両手を置き、


「待たせたな、梅子!」


 千歳ちゃんはぎくりと飛び跳ね、「ウメ……!?」とばっと振り返る。他の二人も弾かれたように振り返り、俺を見上げてきた。そして……俺を見るや、まるでゾンビでも見たかのように顔色を失くして、凍りつく。


 何度も見てきた光景だった。


 自分の容姿を気にしたことはないが、こういうときは『鬼のようだ(まりん談)』という己の体躯と見た目に感謝したくなる。 

 俺はあくまで冷静に二人を交互に睨め付け、わざとドスを効かせた声で言い放つ。いつものように――。


「俺の幼馴染に何か用か?」


 すると、二人はバッと立ち上がり、「あ……いや、人違いかな……?」「あー、そうだな、人違いだな!?」と口々にお粗末な言い訳を撒き散らしながら、さあっと黒子の如く去っていく。

 そのまま自分達のレーンへと戻っていく二人を、威嚇も兼ねて見届けてから、千歳ちゃんに視線を戻し、


「大丈夫か、千歳ちゃん!?」

「うん。――助かったよ。ありがとう、伊右衛門くん」

「え……」


 い……伊右衛門……?

 きょとんとして目を瞬かせる俺を、千歳ちゃんは冷静な眼差しで見つめ、クスリと微笑んだ。


「さっきの……梅子って、なあに?」

「あ……ああ、あれは偽名というか、だな。ああいう怪しい輩に名前を知られるとまずいと思って、いつも適当に思いついた名前を……」

「それは分かってるよ」と呆れたように千歳ちゃんは苦笑して、「ただ、名前のセレクションに癖がありすぎるというか……さすがに『梅子』は古風すぎないかな?」

「そう……か? じゃあ、今度は鶴子にしよう」

「うぅん……」


 曖昧な相槌打ってから、千歳ちゃんは「とりあえず……」と気を取り直すように咳払いして、


「おかえり、白馬くん」


 陽だまりを思わせる……穏やかな笑みでそう言った。

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