六章
第1話 契約幼馴染たるもの①
なんでなんだろう。
なんで、俺は千歳ちゃんにこんな話をしているんだ――?
幼馴染になったとはいえ、ただの契約。偽物で。まだ会って三日という『他人』に近い相手に。俺ともまりんとも……まるで無関係の彼女に。なぜ、俺はこんな――誰にも話したことのない過去を洗いざらい話している?
千歳ちゃんに話したところでどうなることでもないだろうに。
過去は変えられないし、あの日の俺の罪が――まりんの命を危険にさらした事実が――消えるわけでもない。
何を求めて――、何を期待して――、こんなことを語っているんだ?
分からない。分からない……けど、止まらなかった。
何をしているんだ? と冷静な声は頭の中でしているのに、口が勝手に動く。
まるで箍が外れたかのように――ずっと胸の奥に閉じ込めてきたものが、止め処なく『言葉』となって
それもようやく全て出切って……ふっと最後の一息をつき、口を閉ざすや、思い出したように居た堪れなさが襲いかかってきた。
話してしまった――と、今さらながらに、ぞっとした。
全部、話してしまった。
今まで、まりんしか知らなかった過去。ずっと隠してきたあの日の真相。
いつのまにか俯いていたその顔を、上げることができなかった。
千歳ちゃんの顔を見ることができなかった。
「これが……八年前の真相だ」と俯いたまま、ぽつりと言う。「俺はまりんの『命の恩人』なんかじゃない。俺はまりんの『最低の幼馴染』だ」
その瞬間だった。
しっかりと俺を握りしめていたその手がするりと緩んだ。ハッとしたときには、繋いでいた手は解けて、暖かなぬくもりだけが手のひらに残されていた。
千歳ちゃんは何も言わず……。隣ですっと立ち上がる気配がした。
まあ、そうだよな――と納得しながらも、ズキリと胸が痛んで……そんな自分のふてぶてしさに嫌気が差した。
やはり、まりんは全ては話してはいなかったのだ、と悟る。俺を庇って、言葉を濁してくれたのかもしれない。だから、千歳ちゃんは勘違いしていたんだろう。俺がまりんの『命の恩人』だなんて……。
でも、これで……本当に、千歳ちゃんは全てを知った。
思えば、俺は千歳ちゃんのことも騙していたようなものだ。過去に『幼馴染』にひどいことをした、という事実を明かさず、『幼馴染』になる契約をしたんだから。幼馴染詐欺……みたいなものだよな。
幼馴染に憧れ、心から愛してやまない千歳ちゃんの夢を……壊すような真似をしてしまった。
このまま、『幼馴染契約』を破棄されても仕方ない。俺のほうから契約取り消しを申し出るべきなのやもしれん。
でも、なんだろう……。
胸の奥がぞわぞわとする。
君のことを私も知りたいの――そう言って、穏やかに微笑んでくれた千歳ちゃんが脳裏をよぎる。
そういえば……初めてだった。
そんなふうに『知りたい』と言われたこと……。
もうずっと長いこと、誰も俺には近づこうともしてこなかった。いつからか、俺の周りにはまりんしかいなくなっていた。でも、別に良かった。まりんが傍にいて、『もお、ハクちゃんたら』とプリプリと元気そうにしていたら……それで良かった。それ以外はどうでもいいと思うようになっていた。
でも……千歳ちゃんが現れて、知りたい、と思った。
俺のことを知ろうとしてくれる彼女のことを知りたいと思った。そんなふうに、まりん以外に興味を持ったのも、あの日以来、初めてのことで……。
「白馬くん……」
低く落ち着いた声がして、ふっと視界が陰る。
視線の先には、向かい合う二足の派手な貸し靴があった。
まだ少し千歳ちゃんのぬくもりの残る拳をぎゅっと握り締める。胸を押しつぶされるような痛みを覚えながら、すうっと息を吸い込み、
「すまん、千歳ちゃん」意を決して言って、「契約を結ぶ前に話すべきことだった。今からでも契約を切ってくれて構わ――」
顔を上げた、そのときだった。
ふわりと甘い香りがして、柔らかな感触に包まれた。
ぎょっとして眼を瞠る。
それはもう馴染みのあるぬくもりで。
出会ってまだ三日。でも、これで三度目だった。こうして、千歳ちゃんに抱きしめられるのは……。
「――怖かったね」
身を屈め、俺の首に腕を回すようにして俺に抱きつきながら、千歳ちゃんが耳元でそう囁いた。
穏やかで、優しさに満ちた声色だった。それなのに、思いっきり、胸を叩かれるような衝撃を覚えた。
予想だにしない言葉だったから。
まさか、そんなことを言われるなんて思ってもいなかったから。
愕然として言葉も出ずに固まる俺に、千歳ちゃんはゆっくりと……噛み締めるように続けた。
「よかったね。無事で。まりんちゃんも君も……」
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