第20話 ハクちゃん②

「ハークちゃん?」


 遠くから呼ぶ声がしていた。イチハちゃんの声だった。焦ったそうに何度も俺の名を呼び、「早くおいでよ〜」と急かしてくる。――それを懐かしいと思うほどに、もうずっとイチハちゃんたちと遊んでいなかった。

 まりんと出会ってからの数ヶ月、ずっとまりんにべったりで、まりんの部屋でママゴトや人形遊びとか……そういうことばかりだったから。鬱憤とでも言えばいいのか、そろそろ、他の友達と外で駆け回ったり、泥にまみれたり……自由に遊びたいという欲も出てきていた頃だったんだと思う。

 身体がウズウズとし出して、


「まりんちゃん、僕……皆と遊んで来るよ。まりんちゃんも……行く?」


 気づけば、そんなことを口にしていた。

 顔が引きつっているのが自分でも分かった。

 子供なりに『罪悪感』とか『後ろめたさ』を感じていたのだろう。答えなんて分かっていたから。まりんが一緒に来るわけ無いことなど分かりきっていたから。

 まりんはブランコに乗って俯いたまま、、小さく首を横に振った。

 それを見て、少しホッとしてしまったのを覚えている――。


「じゃあ……ごめん。僕、行くね。まりんちゃん、一人で帰れるよね? おうち、すぐそこ……だから」


 じりじり後じさりながらそう言って、逃げるように身を翻した。

 そのときだった。


「ハクちゃん……」


 か細い声がした。


「ハクちゃん、行かないで……」


 ぴたりと足が止まっていた。


 その声は、今にも泣きそうで……。あまりに寂しそうで……。

 ゆっくりと振り返れば、まりんがそこに立っていた。

 いつも通りのシワひとつないかっちりとしたワンピースに身を包み、柔らかそうな長い髪を風になびかせ……縋るような眼差しで――どこか責めるように――俺を見つめていた。


「ハクちゃんは、まりんの『おさななじみ』になってくれるんでしょう?」


 おさななじみ――まだ聞き慣れないその言葉に、ハッと息を呑んだ。

 そうだった、と思い出した。ほんの数日前に交わした、まりんとの約束。まりんの『おさななじみ』というものになったこと……。そして、そのときの『やった!』と嬉しそうに喜ぶまりんの顔……。


「まりんを……一人にしないで」


 力無く、消え入りそうな声で言ったまりんのその言葉を……聞き捨てられるはずもなかった。


 結局、俺はその日もまりんと一緒に帰った。


 それから……だ。イチハちゃんたちと一気に気まずくなった。

 まりんが病院の検診でいない日、公園で出くわすこともあったが、もう以前のようにはいかなかった。一緒に遊び始めても、イチハちゃんはずっとムッとしていて、ことあるごとに「どうせ、まりんちゃんが来たら、ハクちゃん帰っちゃうんでしょう」なんて突き放すようなことを言ってきて……ユキミチもモトキも、そんなイチハちゃんに怯えている様子で硬くなってしまって。

 もう皆と一緒には居づらくなってしまった。

 自然とイチハちゃんたちを避けるように公園にも寄り付かなくなって、益々、まりんと二人きりの時間が増えていった。


 そうして、二年が経ち、俺たちは小学二年生になった。

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