第17話 真相②

 は……? 俺――だけ?


「まりんちゃんは君に『救われた』と言ってた。君に殺されかけた――なんて微塵も思ってない。だからこそ……すぐには気づけなかった、て彼女は後悔もしてるのよ。君がどれほど責任を感じていたのか。どれほど思い悩んでいたのか。それに気づいたときには、君は別人のように変わって、すっかり孤立していた、て」

「別人って……」

「昔はもっと笑っていたんでしょう?」と千歳ちゃんは切なげに顔を歪めて言う。「『ハクちゃんの周りはいつも賑やかだった』、て……まりんちゃん、話してくれた。一緒にいると苦しかったんだ、て。笑いすぎて苦しかった、て……」


 ハッと息を呑む。

 覚えている。確かに、そうだった。

 出会って間もない頃、まりんはよく笑っていた。涙を浮かべ、声を上げて笑っていた。俺といると、笑いすぎて苦しくなる――と楽しそうに文句を言った。


 ――そんなハクちゃんが、まりんは大好きだよ。


 いつ、どこで言われたのかは覚えていない。でも、その声はまだ頭に残っている。うすらぼんやりとした景色の中、弾けんばかりの笑みを浮かべるまりんの笑顔と共に……。


「それが、あの日を境に変わっていった――んだって」と千歳ちゃんは視線を落とし、沈んだ声で続けた。「君の表情はどんどんと硬くなっていって、笑みさえも強張っていった。『まりんが無事なら、他はどうでもいい』が君の口癖になって、本当にまりんちゃん以外に関心を示さなくなって……いつからか、君は学校でいろんな字名あざなで呼ばれるようになっていた」


 いろんな字名――それが何かはもう知っている。

 本庄にも……そして、まりんにも言われた。中学時代(もしかしたら、小学校のときからだったのかもしれないが)、俺とまりんに纏わる様々な格言が生まれていた、と。さながら、大喜利大会のようだった、と。だから、まりんは傷ついていたのだ、と思った。それで、俺の『幼馴染』でいるのが苦しくなったのか、と……。


「自分の他に『ハクちゃん』と君を呼ぶ人は誰もいなくなって、おもしろおかしく君を揶揄する声ばかりが聞こえるようになって――それに気付きながらも、どうすることもできなくて……まりんちゃんはずっと悩んでいたのよ。全部、自分のせいだ、て……。自分と出会わなければ――、自分と『幼馴染』になんてならなければ――、今も『ハクちゃん』は昔みたいに楽しく友達と笑っていたかもしれない、て……」


 わざと……なのか、感情を込めずに淡々とそこまで語って、千歳ちゃんは真っ直ぐな眼で俺を見つめ、「だから――なのよ」と囁くように言った。


「だから、まりんちゃんは君と一緒にいるのが苦しくなったの。『幼馴染だから』と君に言われるたび、責められているような気がして……」

「そんな……」と思わず、ベンチに座る千歳ちゃんに詰め寄っていた。「そんなつもりは、俺は……!」

「もちろん――君にそんなつもりがないのは分かる。まりんちゃんだって、きっと分かってる。でも、どうしようもないのよ。頭で分かっていても、そう思ってしまう。思わずにはいられない。君がまりんちゃんを殺しかけた、と思い込んでしまうのと同じ」

「同じ……?」


 心臓がドクンと大きく震えた。

 目を見開き、千歳ちゃんを見つめ、「同じ……じゃない」と絞り出したような声が漏れていた。


んじゃない。俺は本当に、あの日……」

「同じよ。君はまりんちゃんを殺しかけていないもの。君がそう思い込んで、自分を責めているだけ。――君はまりんちゃんを救った『命の恩人』よ」

「……!」


 かあっと血が頭に上るのが分かった。ぐっと喉が潰されるような息苦しさを覚え、


「そんなんじゃない! 千歳ちゃんは何も知らないから――」

 

 ハッとして、咄嗟に口を噤む。

 無意識だった。無意識に、それは荒々しい声となって口から飛び出していた。

 千歳ちゃんは何も言わず、相変わらず、冷静な眼差しで俺を見つめていた。

 辺りは静まり返り……視線を感じた。おそらく、周りでボウリングを楽しんでいた客のものだろう。

 さあっと血の気が引く。


 最低だ――。


「すまん、千歳ちゃん……」と口を押さえ、よろめくように後退っていた。「大声を上げるつもりは……」

「やっと出た」

「へ……?」


 出た……?


「やっと聞けた。――君の本音」と千歳ちゃんは組んだ膝に頬杖ついて、満足げに微笑んだ。「ようやく、ちゃんと君と話ができそうね。ハクちゃん?」


 ハクちゃん――。

 いったい、どれほどぶりだろう。まりん以外にそう呼ばれたのは。

 その感覚は、懐かしさよりも違和感のほうが強くて。呆気に取られていると、「君の言う通り」と千歳ちゃんはおもむろにベンチから腰を上げ、


「私は何も知らない。八年前に何があったか――君の口から聞けてない。君の話を聞いていない」


 だから……と千歳ちゃんは俺の前に立ちはだかるようにして、腰に手を当てがった。


「腹を掻っ捌いて話をしましょう」

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