第16話 真相①

 それなのに、どういうことだ?


「俺を消した、て……なんだ? なんで、まりんはそんなことを……」


 訳が分からず、頭を抱えて狼狽えていると、


「白馬くん、気づいてる?」


 慰めるような柔らかな声色で言って、千歳ちゃんはそっと俺に歩み寄って来た。


「出会ってから、君、一度も笑ってない。嘲笑じみたものはあっても……『笑顔』と呼べるようなものを私はまだ見たことがない。

 てっきり、かと思ってた。出会ったばかりだし、一応、年上だし、緊張もあるのかな、て……。でも――まりんちゃんも同じこと言ってた」


 まりんも――?

 ハッとする俺の両頰をむぎゅっと千歳ちゃんは優しく摘み、


「自分もずっと長い間、楽しそうに笑うハクちゃんを見ていない――て。いつからか、君は険しい顔ばかりするようになって、周りも君を怖がるようになっていった、て。だから『お願いします』と言われたの。『ハクちゃん』を取り戻してほしい、て」


 『お願いします』……その言葉にがあった。

 扉の窓の向こう――隣の車両で、千歳ちゃんに何かを頼み込むまりん。涙を浮かべ、切実そうに訴えるその唇は確かに『お願いします』と言っていた。涙ながらに、いったい何を……と不思議だった。


 まさか……あのとき、まりんはそんなことを――?


「驚いちゃったよ。君のことを知りたくて、まりんちゃんと話そうと思ったのに。そんなお願いされちゃったんだから」


 ふにふにと俺の両頬を揉むようにしてから、千歳ちゃんは「そういうわけで……」と腰に手を当てがった。


「こうして、ボウリング場に君を連れて来たの。私にとってここは『思い出の場所』だから」

「思い出の……場所?」

「そう。小さい頃、日本に来てたとき……家族でここのボウリング場に来たことがあるんだ。ほんの数回だったけど、よく覚えてる。私にとって、この国で数少ない『思い入れのある』場所。楽しい思い出が詰まってるの。

 だから、一番最初にここが思いついた。君は体を動かすのが好きだった、てまりんちゃんに聞いたし。きっと君も楽しんでくれるんじゃ無いかな、て思った――んだけど」


 そこまで言うと、千歳ちゃんは俺の顔を覗き込んできて、


「外れちゃったね」


 クスリと遠慮がちに笑って、千歳ちゃんはおもむろにベンチに腰を下ろした。


「外れたって……」

「白馬くん、フォームは本当に完璧だった。さすが『元幼馴染』お墨付きの運動神経、と思ったものよ」と千歳ちゃんは脚を組み、スコア表が表示されたモニターを見上げる。「でも、集中出来てなかったんでしょう。投げてるときも、まりんちゃんのこと考えてた? 今朝、私と何を話したんだろう、て気になって、それどころじゃなかった……かな?」


 ちらりと鋭い眼差しを向けられ、ギクリとする。

 違う――とは言い切れなかった。

 確かに……そうかもしれない。どこかでずっと頭にあった。今朝のこと……。まりんと千歳ちゃんがいったい、どんな話をしていたのか。なぜ、千歳ちゃんは急に俺を『幼馴染デート』をしよう、と言い出したのか。


「ボウリングには生き様が出る……なんて、誰も言ってないけど」

「誰も……言ってないのか……」


 じゃあ、なぜ、言ったんだ?


「白馬くんのボウリングはそんな感じがしちゃったな」


 隣のレーンにはカップルらしき二人組が現れて、投げ始めていた。そんな二人を眺めながら、千歳ちゃんは呟くように続ける。


「わざわざガターに進むことはないのに。いくらでも道は目の前にあるのに。吸い寄せられるように悪い方ばかりに進んでしまう。――それはやっぱり、罪悪感のせい? 八年前、君のせいで、まりんちゃんが死にかけてしまったから? かけたようなものだから?」

「な……」


 あまりに唐突な糾弾だった。

 残酷なほどに淡々と……冷酷にも思える落ち着いた声色で。


 図星――なんて甘いものではない。

 容赦無く心臓を突き刺され、抉られるようだった。


 初めてだった。初めて、他人ひとから言われた。

 それは、まりんと俺しか知らないはずの真相で。まりんと俺がずっと隠して来た事実で。まりんも俺も、誰にも――お互いにさえ――話さずに来た過去だった。


 誰も知らないはず……だった。


 まりんの親もうちの親も、信じ込んだまま。俺はちゃんとまりんを家まで送り届け……そのあと、まりんは一人で出かけたのだ、と。そうして行方不明になったまりんを俺が奇跡的に見つけ出した、と。俺がまりんを救った『イノチの恩人』だ、と……皆、そう思い込んでいる。


 本当は逆なのに――。


 それでも、まりんは見舞いに行った俺に『いいんだよ』と言った。責めるわけでもなく、俺の嘘に話を合わせ、誰にも真相を話さなかった。今の今まで……。

 

 でも、言ったんだな。まりんは千歳ちゃんに……全部話したんだ。

 

 それがどういうことなのか。何を意味することなのかも分からなくて。言葉も出ず、愕然として固まる俺に、千歳ちゃんは「あのね、白馬くん」とふわりと微笑んだ。


「――そう思ってるの、君だけよ」



*重すぎてすみません……。ラブコメにあらざる展開だと思ってます。更新するかかなり悩んだのですが、これを書かないと進まないもので。ここまで来たら、当初の予定通り、書いていこうと思っています。

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