第14話 幼馴染デート②

 一、二、三、四……とステップを踏み、大きく振りかぶって放った千歳ちゃんのお球球ボールはレーンを真っ直ぐに走って、パッカーンと盛大にピンを倒した。おお……と目を瞠って見つめる先には、所在無げに佇む二本のピンが。


「んー……」と千歳ちゃんはアプローチからその二本を眺め、腰に手を当てがった。「すぱっとストライク決めて、景気良く始めたかったのにな」


 現状に甘んじ……ない!?

 なんという見上げた精神。常に高みを目指す向上心たるや。その心意気、俺の中ではもうストライクだ! ――なんて心のうちで叫んでいるうちに、千歳ちゃんは戻ってきたボールを手にさくっと二投目へ。残った二本もしっかり打ち取って、スペアを決めた。


「うまいんだな、千歳ちゃん」


 戻ってくる千歳ちゃんをベンチで迎えながらそう言うと、千歳ちゃんは「へへ」と無邪気に笑って、


「まだまだでやんすよ〜」


 照れ隠し、でやんすかな。


「さ、次は白馬くんだよ」


 テーブルに置いておいたドリンクを手に俺の隣に座り、ウキウキ、といった様子で促してくる千歳ちゃん。


「よし……」と立ち上がると、

「あ……投げ方、分かる?」

「なんとなく……だが、大丈夫だ」


 ほぼほぼ初心者な俺――だが。

 ボウリングというものを知らないわけでは無い。うろ覚えだが、一応経験もあるし、一般常識程度のざっくりとした知識もある。他の客の様子や、さっきの千歳ちゃんの投球から、フォームのイメージもついたし……あとは真似をしてみるだけだ。

 何事も真似事から、だろう。


 レーンとベンチの間に置かれた装置から、さっき選んだ黒いボールを手に取り、穴に指を入れる。たしか、親指と中指と薬指……だったな。

 あとはボールを構えて、助走をつけ……それをピンめがけて転がせば――!

 ゴン、と大きな音が木霊する。俺の手を離れたボールはレーン上に転がり落ち、そのまま真っ直ぐガターに向かった。


「ん……!?」


 ぎょっとする俺をよそに、お球球はガターを悠々と滑っていく。

 当然、ピンには擦りもせず、レーンの奥の闇の中へと音もなく消えた。

 あまりに、あっけなくて。ぽかんとしていると、


「ほ……ホールインワンだね!?」


 ホールインワン……!?

 ばっと振り返れば、千歳ちゃんが立ち上がってパチパチと一生懸命に拍手をしていた。


「迷いのない良い滑り! うん、球筋に迷いがなかった! 綺麗なホールインワンだったよ、白馬くん!」

「そ……そうか……?」


 ボウリングにホールインワンは無かった……気がするが。

 しかし……なんだろう? 千歳ちゃんの声援を聞いていると、まるでルールにも無いホールインワンを成し遂げたような――そんな誉れ高い気持ちになってくる。


「次、次!」とチアリーダーの如く、千歳ちゃんは生き生きと手を振り上げ、「じゃんじゃんばりばり投げていこ〜!」


 じゃんじゃんばりばり……?

 その修飾語はよく分からずも。千歳ちゃんに励まされながら、その後も俺は千歳ちゃんと代わる代わる投球を続け……最後の十フレームまで来たときには、俺のスコア表には見事なまでにGガターが並んでいた。間に、二や三など小学校の成績表だろうか、と思うような数字を挟んではいるが……ほぼほぼ初心者の俺のスコア表は、ほぼほぼGだった。


「フォームはばっちり……なのにね? 変なとこ、ないんだけどな」


 ベンチで隣り合って座り、二人でスコア表が表示されたモニターを見上げながら、千歳ちゃんはふと不思議そうに呟いた。


「ここまで来ると、俺はボウリングに『縁』が無いのではないか、と思えてくるな。ボウリングの神様に嫌われているのかもしれん」

「ボウリングの神様?」と千歳ちゃんはクスリと笑って、「ああ、八百万の神……か。ボウリングの神様もいるかもね」

「正直、こんなに手応えのないスポーツは初めてだ」

「運動神経抜群で、どんなスポーツも得意――だったもんね」

「ああ、いや……そこまで言うつもりは無いが……」


 咄嗟に千歳ちゃんに振り返り、訂正しかけ……はたりと口を噤む。

 あれ――と違和感を覚えた。

 『運動神経抜群で、どんなスポーツも得意』? そんな傲慢なことを……俺は千歳ちゃんに言っただろうか?


「さて、と……じゃあラストだね」


 ドリンクを飲みきって、千歳ちゃんは立ち上がった。


「有終の美を飾ってこよう」フフッと実に様になる不敵な笑みを浮かべて、千歳ちゃんは俺をちらりと見やり、「白馬くんのために、最後にストライク決めてくるから。刮目してなさい」


 おお、千歳ちゃん、カッコいいぞ……!

 理知的な顔立ちをこれでもかと際立たせる凛々しい面持ち。颯爽と身を翻し、レーンへと向かうその後ろ姿は堂々として、ヒーローの如く。風になびくマントでも見えるようだった。

 言われなくても、刮目してしまう。目を見開いて、見入ってしまう。


 自然と膝の上で拳を握り、固唾を飲んで見守る中、千歳ちゃんは真っ赤なお球球を手にアプローチに佇んだ。

 そして、ゆっくりと助走をつけ、さあボールを放とうというとき――。


「すげぇ、どしゃ降りだよ! ったく、びしょ濡れなんだけど……」


 そんな声が背後から聞こえて、ハッとして振り返っていた。

 そこには、大学生くらいだろうか、二十歳前半ほどの男性が貸し靴を片手に立っていた。確かに、髪も服もびしょ濡れで。今まさに、豪雨にさらされてきたかのように……。

 ぞくりと背筋に悪寒が走った。

 どしゃ降り……?

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