第13話 幼馴染デート①

 なぜだ……? なぜなんだ、千歳ちゃん?

 なぜ、君は――。


「さあ、白馬くん。好きなお球球を選んで、ずぼっと穴に指を突っ込んで」


 なぜ、ボウリングのボールを『お球球』と呼ぶんだ……!?



 朝の出来事など――まりんと千歳ちゃんの密談なんて――まるでなかったかのように安穏と時間は流れ、あっという間に放課後になった。

 駅から学校への道のり、千歳ちゃんはを俺に出してくることは無く、教室に行けば、そこにいるのは――本庄以外――俺とまりんの関係など知らないクラスメイト。『王子』『王子』と呼ばれては、幼馴染千歳ちゃんとのことを訊かれ――しかし、まだ、俺たちの思い出馴れ初めは『出会い』しか煮詰めていないため――大半の質問を『それは二人の秘密だ』と千歳ちゃんに言われた通りに躱していると、なぜか、クラスメイトの女子たちは『きゃあ〜』と黄色い悲鳴を上げて大盛り上がり。


 ごまかせばごまかすほど、喜ばれるという……なんとも不可解な現象だった。


 昼休みになると、千歳ちゃんがまたメガネとお下げ髪で変装して現れ、昨日のように本庄と三人で食べることに。しかし、そのときも、やはり今朝の話は出てこなかった。終始、千歳ちゃんは俺たちの中学時代の話を訊いてきて、気づけば、昼休みが終わっていた。なんとなく、だが。巧みな話術ではぐらかされていたような……そんな気がしなくもなかった。

 本庄もそんな千歳ちゃんに違和感を覚えたのだろう、教室を出て行く千歳ちゃんを見送りながら『変わり無し……だな』と意味深に呟いていた。


 やがて、放課後が来て、千歳ちゃんとの約束通り、一人教室に残って『お勉強』をしていると……『お待たせ!』と千歳ちゃんが教室に現れ、


 ――さあ、白馬くん。ちょっくらヅラ貸しな!


 ふふーん、と胸を張って、そんなセリフを会長顔キメがおで言い放った千歳ちゃんに、とてもじゃないが『俺はヅラではないぞ』とは言えなかった。

 

 そんなこんなで、『ドッキドキ幼馴染デート』と称して千歳ちゃんが俺を連れて来てくれたのは――高校の最寄駅から徒歩十五分ほどの――言ってはなんだが……なかなかに古びたボウリング場だった。

 決して、汚い……とかでは無いが、全体的に暗くて陰鬱とした雰囲気が漂っている。受付をしてくれた店員さんも鬱々とした空気を醸し出し、さながらお化け屋敷にでも入る気分だった。


 趣がある――とでも言うべきか。


 それでも、ちらほらお客さんの姿はあって、ガッコーン、と小気味いい音が響き渡っている。中には、片手にグローブをはめ、明らかに本気の装いのグループも。

 レーンの反対側には、歴史を感じさせるアーケードゲームが並ぶ一角と、真新しいドリンクバーのコーナーがあり、伝統を守りつつも流行りを取り入れよう、という店主の経営理念がうかがえるようだった。


「久しぶりだな〜」


 自分たちの席に荷物を置き、ボールを選びに行く段階になって、千歳ちゃんがしみじみと言った。


「向こうではよく友達とボウリング行ってたんだけど……こっちではめっきりだったから。何かと言うと、カラオケばっかり」

「おお……カラオケ」


 千歳ちゃんは声が綺麗だから、さぞや歌声も美しかろう……なんて想像していると、


「腕がなまっちゃってそうだな」なんて千歳ちゃんは照れ臭そうに言って、ラックから真っ赤に輝くボールを手に取った。「ちょっと軽めのお球球で様子見よっかな」


 その瞬間、「むん……!?」と俺は目を剥いた。

 今、千歳ちゃん……いや、まさか――と一人、葛藤しながら見つめる先で、


「どうしたの、白馬くん?」けばけばしい程の光沢を放つボールを両手に抱え、千歳ちゃんは振り返り、「白馬くんもお球球選ぼ?」


 あああああ……! と胸の中で叫んだのは言うまでもない。

 やはり……やはり、か。聞き間違えではなかった。千歳ちゃんは……ボウリングのボールを『お球球』と呼んでいる……!

 なんだ、この絶妙に卑猥な感じは?

 おたま――といえば、健全なる料理器具。しかし、そこにさらなる『たま』が加わることで、なんとも言えないやましい印象を与えてしまっている。

 不思議だ。なんという……日本語の不思議。

 

 これは、さすがに言うべき……だろう。

 Ball――でいいんだよ、と。英語のままで構わないのだ、と。


「ち……千歳ちゃん……言いづらいのだが……」


 意を決して言いかけた俺を、「あ、もしかして――」と千歳ちゃんはハッとして遮って、


「白馬くん、ボウリング初めて!?」

「ん……!? いや……初めて……では無いような気がしなくも無い……が」

「えっと……それ、どっち?」

「小さい頃に……両親としたことがある気がするんだが、あまり覚えていない」


 頭をガシガシ掻いて言うと、千歳ちゃんは「なるほど」とフフッと笑った。


「じゃあ、ほぼほぼ初心者ね」

「まあ……ほぼほぼ初心者だな」

「そういうことなら、千歳ちゃんに任せなさい。手取り足取り教えてあげる」


 すっかり得意げになって、ボールの輝きも霞むほどに眩い笑みを浮かべる千歳ちゃん。

 年上だというのも忘れそうになるほどに……あまりに愛くるしくて。


「さあ、白馬くん。好きなお球球を選んで、ずぼっと穴に指を突っ込んで」


 キラッキラな瞳で俺を見つめ、生き生きとした表情でそう言う彼女に、俺は水を差せるわけもなく、


「よし――選ぼう、俺のお球球!」


 ぐっと拳を握り締め、この世の球という球を手に入れん勢いで気合いを込めて言い放った。

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