第12話 君の元幼馴染

※本日、同時に二話を更新しております。前話『まりん』を未読の方、ご注意ください※


「国矢……どうした? ずっと黙り込んでるけど……大丈夫か?」


 ちょうど、俺らの高校の最寄駅に着いたところで、ふいに本庄が気遣うように訊ねてきた。


「いや……大丈夫だ。すまん」


 フシューッと扉が開いて、どっと流れ出る人混みに紛れて電車から出る。

 先に出ていった真木さんが「まりん!」と高らかに声を上げ、人波を掻き分けるようにして足早に突き進んでいく。その先で――隣の『女性専用車両』から出てくる二人組が。改札に繋がる階段へと流れる雑踏の中、二人は何やら言葉を交わし、そのうちの一人――見慣れぬ短い髪をふわりと揺らし、まりんがこちらに振り返った。


 一瞬、目が合った気がした。


 何か言いたげな……どこか寂しげな眼差しで俺をちらりと一瞥してから、まりんは真木さんに「柑奈ちゃん!」と微笑みかける。


 そのまま、人だかりの中に消えていく二人の背中を呆然と見つめていると、


「俺、先行くな」


 こそっと言う声が聞こえた。

 ハッと我に返って振り返れば、隣で本庄が後光でも放たん爽やかな笑みを浮かべていた。


「先行くって……学校、一緒だぞ?」

「それはもちろん、知ってるよ」と本庄は苦笑して、「せっかく……だからさ。二人で行きたいかな、と思って」


 ついと本庄が視線を向けるのにつられて、そちらを見やれば、ざあっと波が引いていくように人気が無くなるホームでちょこんと佇む人影が。

 さらさらと艶めく長い黒髪が風に揺れていた。そっとそれを耳にかけ、彼女は落ち着いた笑みを浮かべてこちらに向かって歩き出す。

 途中、すれ違った本庄にひらりと手を振り、俺の前まで来ると立ち止まり、


「白馬くん――」


 しゃんと背筋を伸ばし、彼女は改まって俺を見上げてきた。まるで、今にも『初めまして』とでも言わんばかりに……。

 辺りに『間も無く発車いたします。閉まるドアに……』とアナウンスが鳴り響いていた。

 一斉に電車の扉が閉まる音がして、やがて、視界の端を電車が駆け抜けていく。


 けたたましい音が木霊する中、何を言えばいいのか分からず、俺は彼女と見つめ合って黙り込んでいた。


 いや、言いたいことは……は分かっている。

 まりんに何をお願いされたんだ、千歳ちゃん? ――そんな言葉は喉まで来ていて、口を開けばすぐにでも転がり出そうで。だからこそ、俺はずっと口を噤んでいた。それを訊いてはいけないことくらいは俺にも分かるから……何も言えなかった。


 電車も去り、すっかり人気も無くなったホームで、千歳ちゃんはふいにすうっと深く息を吸い込み、


「――君の元幼馴染は強い子ね」

「え……」


 強い……子? まりんが……?

 それは、あまりに意外な言葉で。俺は面食らって、きょとんとしてしまった。

 千歳ちゃんはコロリと微笑み、


「白馬くんは……今日の放課後、暇?」

「今日……?」


 いきなり……だな。まりんの話はさっきので終わり……か?


「私はちょーっと生徒会のボヤ用があるから……待っててもらうことになっちゃうんだけど。それでもいいなら、会えないかな?」

小火ぼや……?」


 大丈夫か……!?


「もちろん……いくらでも待つが」

「よかった!」


 ぱんと両手を合わせ、千歳ちゃんはフフッと無邪気に笑った。


「じゃあ、教室でお勉強してて。迎えに行くから」

「ああ、分かった。お勉強していよう」


 言いながら、俺は千歳ちゃんと並んで歩き出す。――歩き出しながら、ちらりと横目で千歳ちゃんを見つめて、訊ねた。


「どうか……したのか?」


 すると、「んー……」と千歳ちゃんは思わせぶりな微笑を浮かべ、


「ちょっとね。君とデートしたいな、て思って」

「ああ、デート――」


 で……デート……!?


「デート……とは!?」

「そう」と千歳ちゃんは誇らしげに頷いた。「幼馴染としての初デートよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る