第10話 元幼馴染と偽幼馴染④
「どうなってんのよ、国矢くん?」
真木さんの鋭い視線が痛い。
「どうなっているのか、と聞かれても……ご覧の通り、としか言えん」
「ご覧の通り――がよく分からないから聞いてるんだろ!? あれはいったい、どういう状況なんだ!?」
びしっと真木さんが指差したほう――電車の車両同士を繋ぐ貫通扉の窓の向こう――に見えるのは、何やら深刻な様子で向かい合うまりんと千歳ちゃん。女性ばかりの少し空いた車両で、吊り輪に掴まりながら話し込んでいる。
「私にまで席を外してほしい、なんて……」
不安げに顔を曇らせる真木さん。
さすが、まりんの唯一無二の親友。心配だ、という気持ちが痛いほど伝わって来る。
「安心しろ、真木さん」と俺は隣に佇む真木さんに、自信を持って言う。「二人とも、本気で腹を搔っ捌きあったりするような人たちでは無い」
「そんな心配してなかったけど!?」
「そうなのか!?」
「な……なに……? なんで、そんな怖いこと急に言いだした……!?」
「なんで、て……真木さんが至極心配そうだったから、だな……」
「別に流血沙汰は心配してねぇよ!?」
「まあまあ、落ち着いて、真木さん」と横から宥めるように口を挟んできたのは、もちろん俺のフォロワー――本庄だ。「電車の中なんだから……ね?」
言われて、真木さんはハッとして、バツが悪そうに顔を顰めた。
確かに、ガタンゴトンと電車の揺れる音に混じって、コソコソと囁く声が聞こえて来る。『なに、あの三人組? どういう組み合わせ?』『不良がカップルに絡んでる?』『あの人、超カッコよく無い?』『すごいイケメンいるよ〜。話しかけちゃう?』『あれ、どこの学校かな? モデルみたいな人と……え、ヤクザ?』などなど――本庄の見目麗しい外見を称える声が多数、といった感じではあるが、まあ、注目は浴びてしまっているようだ。
「さすが、本庄だな……」
ぽつりと呟くと、「え、なに、急に!?」とぎょっとする本庄。なんて謙虚なんだ。
「ごめん、つい……取り乱した」と真木さんは声を潜めて言って、今度は遠慮がちに俺を見上げて来た。「ただ、正直……さ、私はまだ千早先輩を信用できないんだよ。幼馴染のフリ――なんて、やっぱりどうかしてる。変だと思う。何考えてるんだろう、て得体が知れなくて……怖い」
「怖い……?」
千歳ちゃんが……?
「別に、国矢くんが誰と何をしようが、国矢くんの勝手だし、好きにしていいと思う。でも……私はまりんの親友だから。――まりんにまで害が及ぶなら話は別」
急に真木さんの表情が険しいものに変わる。
「だから……警戒しちゃうんだ」と真木さんは緊張の滲む低い声で続けた。「今、千早先輩が何をまりんに話しているのか。何をまりんに吹き込んでいるのか……不安でたまらない」
「真木さん……」
あまりのことに、面食らってしまった。
まさか……真木さんが、そんな不安を抱いていたとは。千歳ちゃんに……そこまでの脅威を感じていたとは。あの千歳ちゃんに……。
呆然としていると、「まあ、気持ちは分からないでもないかな」と本庄が気遣うようにやんわりとした口調で言った。
「本庄まで!?」
「あ、いや……真木さんの立場だったら、て話ね」
「真木さんの立場……?」
「俺だって『幼馴染のフリ』に関しては抵抗あるよ。国矢だって、それが『普通じゃない』って自覚はあるんだろ? 実際、どうしようか、て昨日の朝までは悩んでいたわけだし……」
「ああ、それはまあ……」
「ただ、俺の場合は、国矢たちと一緒に昼飯も食べて、千早先輩と話もしたし、二人の『幼馴染っぷり』も見てる。千早先輩、確かに変わってるけど……悪い人じゃないのは伝わって来たし、国矢と楽しそうに『幼馴染』してるの見てたら、こういうのもアリなのかな、て気になったよ。――でも、真木さんは違うだろ。千早先輩と話したのも、昨日が初めて……みたいだったし。あれだけじゃ、あまりいい印象は受けないよな、とは思う」
あれだけ――言われて思い出したのは、昨日の花束に端を発した一件だった。
千歳ちゃんの部屋へ赴く前。千歳ちゃんに渡すはずだったガーベラの花束を手に、まりんの無事だけ見届けようと駅へと向かっていたとき、ばったりまりんと真木さんと出くわしたのだ。その後、千歳ちゃんとも鉢合わせすることになり……。
確かに、とてもじゃないが、いい雰囲気だったとは言えない。真木さんは終始カリカリとして、俺だけでなく、千歳ちゃんにも怒っていた感じだった。結局、まりんが千歳ちゃんを『ホンモノ幼馴染』認定をする形になって、その場は収まったが……。
「うん――」と重々しく相槌打つ真木さんの昏い声がした。「あのあと、さ……まりんにも釘刺されちゃったんだよね。二度と、国矢くんと千早先輩とのことに口出ししないで――て。でも、そのあと……まりん、いきなり『髪切る』って言い出して、駅前で適当に見つけた美容室入って、本当にばっさり切っちゃうし……その上、今朝はこれだよ」
苦しげにため息吐いて、真木さんが視線を向けた先では、相変わらず、隣の車両で深刻そうに話し込む二人が。
「そりゃあ、心配になるじゃん」
「そう……か」
なるほど――と思ってしまった。
改めて考えてみれば、当然と言えば当然……なのかもしれん。
本庄の言う通り、真木さんは本庄とも……そして、俺とも違う。真木さんは知らない。千歳ちゃんのことを何も知らない。何者とも知れない『誰か』が、突然、親友の『幼馴染』として現れたのだ。警戒するのも無理はない……か。恐ろしい、とも思うのだろう。
「真木さん」改めて落ち着いた声で切り出し、俺は真木さんの肩にそっと手を置く。「――大丈夫だ。千歳ちゃんは、決してまりんを傷つけるようなことはしない。そんな人じゃ無い」
脳裏によぎるのは、入学式のあと……非常階段で見た、千歳ちゃんの涙で。
一年だけ。私に思い出をちょうだい――そう切なく微笑む彼女の笑顔が、まざまざと頭の中に蘇ってくる。
そんな彼女の姿を俺は見たから――彼女の孤独を知ったから――だからこそ、俺は彼女を守りたい、と……彼女の『幼馴染』になろう、と思ったのだ。たとえ、それがどんなに『普通じゃない』ことだとしても……。
「俺が彼女の『幼馴染』として保証する」
まだ不安の拭えぬ表情で俺を見上げる真木さんにはっきりと断言し、俺は隣の車両へと目を戻す。
「二人で、いったいどんな話をしているのか、俺にも分からんが……少なくとも、真木さんが心配しているようなことには――」
言いかけた言葉がぶつりと途切れる。
あれ……と俺は惚けて、ぱちくりと目を瞬かせた。
なんで……だ? どういうことだ? 見間違え? いや、俺に限ってそんなことは……。
視界の端で「どうしたの?」と不思議そうに小首を傾げる真木さんが見えたが、応える余裕も無かった。
たった一瞬。ほんの一瞬だったが……見えてしまった。
必死な表情で千歳ちゃんに何かを訴えるまりん。その瞳からぽろりと輝くものが落ちた。慌てて、まりんはそれを拭った……が、間違いなく、それは涙だった。
そして、思わず――電車に乗り込む前に二人と交わした約束を破り――読んでしまったその口許は言った。『お願いします』と。
目を見開き、ごくりと生唾を飲み込む。
なん……だ? なぜ、まりんは泣いている? 何を、まりんは涙ながらに、千歳ちゃんにお願いしている……?
やがて、愕然として見つめる先で……おそらく、俺を警戒して乗り込んだのであろう女性専用車両の中、千歳ちゃんはつり革から手を離し、そっとまりんを抱きしめた。
ちょうど、隣の駅に着いたところだった。
どっと流れ込んできた人混みに二人の姿は飲み込まれ、もう扉越しにも二人の様子を窺うことはできなくなった。
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