第9話 元幼馴染と偽幼馴染③
そのつもり……?
「そのつもりで来た、て……どういう、ことですか?」
まるで俺の心の声そのままに――まりんが訝しげに訊ねた。
「うん」と千歳ちゃんは落ち着いた様子で頷き、「第一目標はもちろん、白馬くん……だったんだけどね。白馬くんに会ってから、まりんちゃんとも会えたらいいな、て期待しながら来たの。きっと、お家は近いだろう、て思ってたし」
ああ、そう……だったのか。だから、まりんの家はどこか、と訊いてきたんだな。なるほど――って、いや、なぜだ……!?
なぜ、千歳ちゃんまでまりんと接触を図ろうと……?
分からん。さっぱり、分からん。なぜ、急に二人で親睦を深める流れに? 何か……あったのか? 俺の知らないところで……?
困惑する俺の傍らで、「そう……だったんですか」とまりんが呟くように言った。
「じゃあ……千早先輩は、今……国矢くんに会いに来たところ、だったんですね」
「たった今、てわけじゃないけどね。白馬くんがジョギングしてるときに、タイミング悪く来ちゃって。だから、少しの間、白馬くん家で待たせてもらってたの」
「そっか、なんだ――」
ひっそりと、まりんが溜息吐くのが聞こえた。安堵したような、力無い笑みを浮かべ、
「……二人で、朝帰りして来たわけじゃなかったんだ」
朝帰り……?
藪から棒に飛び出したその言葉に、俺も千歳ちゃんも「へ」と惚けた声を漏らしてまりんを見つめた。
ひとつの間があって、まりんはハッとして「あ……!」と口を押さえた。その顔はみるみるうちに赤らんで、「今のは……違っ……ごめんなさい!」と見るからにあたふたと慌て出す。
「ただ、その……あれから、国矢くん、千早先輩のお家に行く、て言ってたし……国矢くんの期待に応える、て千早先輩は張り切ってたし……だから、てっきり……」
てっきり、なんだ――?
「ああ……そういうこと!」と、いち早く何かを察したように千歳ちゃんが口を開き、「そうそう、白馬くんの期待に応えるために、昨日はあのあと手料理をご馳走したの」
「へ……手料理……?」
「そ、カレーよ。男の子はきっと、女の子の手料理を期待してるだろうなー、て私の勝手な偏見で。お鍋いっぱい作っちゃった。――ね、白馬くん?」
「あ……ああ。確かに、千歳ちゃんは俺にクンブ・メーラを思わせる贅沢なカレーを用意してくれて、大変おいしくいただいて帰った……が」
すると、まりんは茫然として俺を見上げた。
いつぶりだろうか、というほどに……純真そうな瞳で食い入るように俺をじっと見つめ、やがて、「カレーの話……だったの?」と気の抜けた声を漏らした。
「どうか……したのか、まりん? なんで、二人で朝帰りなんて話に……? 登山にでも行ったと思ったのか?」
「な……なんでもないの! 気にしないで!」
わあっと慌てた様子で言い放ち、まりんは「千早先輩も!」と今度は千歳ちゃんに顔を向けた。
「もう拝むのやめてください!」
「あ、ごめん」としっかり手を合わせたまま、テヘッと笑う千歳ちゃん。「尊すぎて、つい」
「何が尊いんですか……?」
「ん〜……それ語り出すと私止まらなくなっちゃうから、また今度かなぁ」
「はい……?」
「朝の時間も限られてることだし……」
千歳ちゃんのニヤけた顔が、ふうっと一息吐くや、キリッと引き締まる。「さて……」とさらりと髪を耳にかけると、千歳ちゃんは冷静な眼差しで真っ直ぐにまりんを見据え、
「――そろそろ、腹を掻っ捌いて話そうか、まりんちゃん」
「……っ!?」
掻っ捌くとは……!?
刹那、顔を真っ青にして、ぶるりと震えるまりん。
ああ、いかん――まりんが引いている!?
「まりん……! 大丈夫だぞ!? 千歳ちゃんは本当に腹を掻っ捌くような人では……」
「の……望むところです!」
まりん……!?
「さあ、千早先輩――」と緊張をその青ざめた顔に滲ませながら、まりんは一歩前に進み出る。「は……腹を掻っ捌きに行きましょう」
んな……!? まりんの口から戦国武将のような台詞が……!?
なんだ? どういう状況なんだ、これは? まさか、本当に二人で腹を掻っ捌きに行くわけではあるまい。きっと、何かの比喩的なものとは思われるのだが。二人の雰囲気は、決して穏やかなものでもないのも確かで……。
「ちょ……ちょっと待ってくれ……!」
さっさと歩き出した二人の背を慌てて追いかけようとした、そのとき、
「国矢くんは来ちゃダメ!」
「白馬くんは来ちゃダメよ」
二人はくるりと振り返り、見事に声を合わせて言った。
「だ……ダメって……」
「国矢くんは、まりんたちの次のエレベーターに乗って来て!」とビシッと俺を指差し、命じるまりん。「降りてからも、走るの禁止! 追いかけてきちゃダメなんだから!」
「あ、それか……先に行ってもらう? どこにいるか見えてた方が安心じゃ……」
「ダメです、千早先輩。前を歩かせちゃうと、こっそりと唇を読まれる可能性があります」
「読唇術……!?」
「国矢くんは視力も聴力も並外れているので、しっかり距離をとって後ろを歩いてもらうのが確実です」
「おー、なるほど〜」
「あ、あと、それから……」
エレベーターへと向かいながら、俺の手の内をじゃんじゃん千歳ちゃんに明かしていくまりん。外廊下には、へえ〜、ほお〜、と千歳ちゃんの驚嘆の声が響き、やがて、俺の『幼馴染』二人の背中は仲良くエレベーターの中へと乗り込み消えた。
残された俺は、ただ、茫然と立ち惚けることしか出来ず、さっぱり状況が掴めぬまま、言われた通りに次のエレベーターが来るのを待った。
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