第8話 元幼馴染と偽幼馴染②
「きゃあ!? やめてよ、いきなり叫ぶの!」
慌てて、後ろ手に扉を閉めるショートヘアのまりん。
「ど……どうしたんだ?」おろおろとしながら、俺はまりんに歩み寄る。「エンジェルヘアーが……縮んでいる!?」
「切ったの! って、エンジェルヘアーってなに!? そう呼んでたの!?」
「切ったのか!? なぜだ!?」
「なぜって……」
はたりとして、まりんはしゅんと縮こまった。
困ったように顔を曇らせながら、目を伏せ、
「形から……入ろうと思って」
「形……?」
なんの……話だ?
きょとんとして見つめながら、やっぱり、違和感を覚える。
まりんと言えば――ふわふわと綿毛のように柔らかそうな波打つ黒髪。いつも風にゆらいで、さらさらと心地よい音を奏でそうな……そんな長い髪が、出会ったときから印象的だった。影だけで、俺はまりんを見分けられる自信があった。
でも、今は……後ろ姿でも気づける気がしない。
ばっさりと耳元まで切られ、頸まであらわになったその髪は、まるで少年のよう。ふわりとウェーブがかった感じは相変わらずだが……それでも、今までとはだいぶイメージが違う。今までよりずっと快活な感じがして、輪郭まですっきり見えるようになったその顔も、心なしか明るく見えて……。
「やっぱり……変、かな」
じっと見つめすぎていたのだろうか、ふいに、まりんは居心地悪そうにぽつりと言った。
「似合ってない……よね」
はは、と無理したように笑って、まりんは短くなった髪をぎこちなく耳にかけた。
「まりんも、切りすぎちゃったかな、て……思ってるから、変ならそう言ってくれても全然――」
「変かどうかは、俺には分からん」
はっきりと答えると、まりんはハッとして俺を見上げた。
「女性の髪型については俺は門外漢だ。すまんが、そればっかりはなんとも言えん」
「ああ……そう、だよね」
「――ただ、俺は好きだぞ」
その瞬間、俺を見つめるその眼の――キラリと輝く瞳の色が変わった……ように思えた。
「好き……?」とまりんは幼げな顔をこれでもかとポカンとさせて訊き返す。「ほんと?」
「ああ」
間髪入れずに即答すると、まりんの顔がぱあっと華やぐのが分かった。頰は艶良く色づいて、口許がふわりと緩む。
「そ……そうなんだ。そっか、そう……なんだ」
まりんは急に落ち着きを失くして、そわそわとし出した。口許をもにゃもにゃとさせながら、視線を泳がせ、もじもじとして……。
「どうした、まりん? トイレか?」
「なんで!?」
「我慢は良くないぞ。――大丈夫だ。俺はいつまででも待つ」
「ハクちゃんは我慢強すぎだよ! そういうときは、先に行くのが優しさなの! って、まりん、何も我慢もしてないから!」
もお、とぷうっと頰を膨らませ、まりんはいつもの調子でぷりぷりと声を荒らげ――ふいに俺の背後に視線をやり、「そんなことより」と表情を曇らせた。
「千早先輩は、なんでさっきから拝んでるんですか?」
え……拝んでる?
ハッとして振り返れば、確かに、千歳ちゃんが両手を合わせ、修道女の如き、有り難みに満ちた表情でこちらを見ていた。
「あ、ごめん、思わず……」と感極まった声を漏らしながら、千歳ちゃんは口許を押さえ、「本場に来たんだな、て実感が湧いちゃって……」
本場……?
「何のだ?」
「何のですか?」
ぴたりとまりんと声が重なって、あ……とまりんと目が合った。
その瞬間、
「
『あう〜ん』……!?
どんな感嘆詞だ……!?
ぎょっとして千歳ちゃんに視線を戻すと、『たまらんばい』とでも言いたげに千歳ちゃんは頬を両手で押さえて身じろぎしていた。すっかりご満悦の様子……だが。
「あの……なんなんですか?」とかなり不審そうにまりんが口火を切って、「もしかして、揶揄ってます?」
「え――揶揄う?」
千歳ちゃんはぴたりと動きを止めて、「まさか」と意外そうに目を丸くした。
「揶揄うわけないよ。羨ましいな、て心から思ってる」
「羨ましい……?」
「いいよね、幼馴染」
「いいよねって……」
ぽかんとしてから、まりんは我に返ったようにハッとして、
「ち……違います! 私とハクちゃ……国矢くんは、ただの同中です!」
ぐはあっ……! といきなり横からバッサリ切り捨てられたかのようだった。
まりん……! 頑なだ。頑な過ぎる……! その初志貫徹っぷりには、頭が下がる思いだが……そのまま地面にめり込みたくなる思いでもある。
「ああ……そうだった、ね? ごめん、ごめん」
気遣うような微苦笑を浮かべ、パタパタ手を振る千歳ちゃん。そんな彼女を、まりんは急に険しい顔つきになって見つめ、
「あの…… 千早先輩――」と意を決したように口を開いた。「少し、お話できませんか? 二人きりで」
「え……?」
お話……? なんだ、急に? まりんが……千歳ちゃんと、二人きりで? 俺……ではなく?
「何の……話だ、まりん? 何をそんな深刻そうに……」
訊ねかけた俺の言葉を、「だよね」と冷静な声が遮った。
DAYONE……!?
ハッとして見やれば、千歳ちゃんが腰に手を当てがって、にこりと微笑むところだった。
「私も。今朝はそのつもりで来たのよ。まりんちゃん」
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