第3話 幼馴染たるもの③
「話はついた。誤解だったらしい」
教室を出て、廊下で控えていた駿河さんに言うと、
「あ……うん。みたい、だね」どことなく青ざめた顔を引きつらせて、駿河さんは視線を逸らした。「ずっと見てた。さすが国矢くん……だね」
「あと……もうこういう雑誌は教室で読まないように、とも言っておいた」
持っていた『美少女盗撮100選』をちらりと見せて告げると、「あ……ありがとう」と駿河さんは俺を見上げ、
「って、きゃあ!? なんでそれ持ってるの!?」
「『もうしません』となぜか、押し付けられた。反省の印なのか知らんが……」
「それで……受け取っちゃったんだ?」
「要らん、と言う暇も無く逃げてしまった」
取り上げるつもりではなかったのだが――と、改めてその18禁雑誌に視線を落とした。
中一のなりたての当時でも、コンビニに行けば、グラビア雑誌の表紙くらいは見かけることはあった。年がら年中、真夏のような装いで弾けんばかりの笑みを浮かべる女性の写真を見ては、『元気そうなお姉さんだな』と感心していたものだったが……。さすがに18禁を見るのは初めてで。なかなかのインパクトに若干引いていた。しかも……『盗撮』って、本物なのだろうか? さすがに偽物か? 他人の趣味嗜好に口を出す主義ではないが、犯罪じみていて寒気すらした。
念のため、実際に
ぐっと雑誌を力強く握りしめ、その表紙を睨みつけていると、
「く……国矢くん……読みたいなら、家にしたら……」
駿河さんの遠慮がちな――そして、明らかに引いている――声がして、ハッと我に返って、
「あ、いや……違うぞ!? 物騒なものもあるものだ、と戦々恐々としていただけで。俺は盗撮に興味はない。そんなことをするくらいなら、土下座で頼み込むタイプだと思う!」
「うん、いや……あの……別に、そういうタイプ分けは知らないんだけど……」
この上なく気まずそうに顔をしかめてから、駿河さんは「えっと、じゃあ……」とおずおずと訊ねてきた。
「それ、これからどうするの? 校内で捨てるのはまずいと思うけど……」
「ああ……そうか」と言われて気づいた。「そういえば、こういう雑誌の処分はどうすればいいんだ、駿河さん!?」
「なんで、私に!? 知らないよ! その辺の……公園とかで捨てちゃえば?」
「いいのか? これは18禁だぞ!? 公共の場で……そんな子供の目に触れるような場所に廃棄しても問題はないんだろうか?」
「うーん……それは、私も知らないけど……」
「それに」と俺は雑誌を片手に腕を組み、眉根を寄せた。「環境のことを考えると、やはり雑誌は古紙回収に出すべきだろう」
「環境……!?」
しかし、ウチから古紙回収に出すとしたら、まずは両親の目を掻い潜って、他の雑誌類の束の中に混ぜなくてはならん。うまくいったとしても、万が一、マンション のゴミ置場で何らかの不運な巡り合わせがあって、この『美少女盗撮100選』がまりんの目に……あの純真無垢な瞳に映ってしまうようなことがあっては、俺はお天道様にもまりんのご両親にも顔向けができん。
うーむ……としばらく考えあぐねた結果、俺は一つの巧妙に――いや、唯一の解決策に辿り着いた。
「とりあえず、今は俺の部屋で厳重に保管して……処分は十八歳になった自分に任せよう。未来の俺ならなんとかしてくれるはずだ」
「なに、その卑猥なタイムカプセル……」
すっかり、駿河さんはドン引きだったが。それでも、「大丈夫なの?」と渋い顔で心配の声をかけてくれた。
「そんなの部屋の中に置いといて……親とかに見つかったらまずくない?」
「その点は大丈夫だ。今までも見つかっていない」
「え……!?」あからさまに顔をしかめ、駿河さんは一歩後退る。「今までもって……じゃあ、国矢くんもやっぱりそういうエッチな本を持ってて……隠してるんだ。土下座もの……?」
「土下座もの!? ――あ、いや、こういう雑誌ではなく、個人的なアルバムで……」
あ、しまった――なぜ、こんなことを駿河さんに!? と咄嗟に口を噤むが、時すでに遅し。駿河さんは「個人的な……!?」とぞっと顔色を失くして、さらに三歩ほど後退った。その視線はちらりと俺が持つ雑誌に向けられ、
「さすがに……さ、幼馴染でも盗撮は良くないんじゃないかな? 高良さんも……さすがに引くと思うよ」
「は……!?」
まさか、駿河さん、俺がまりんの盗撮コレクションを作成して保管していると思っている――!? そんな確信がビビッと全身を電流の如く駆け抜け、
「ち……違うぞ、駿河さん!? 決して、いかがわしいまりんアルバムではなく……! まりんには全く関係のない写真で――」
だからこそ、隠したのだ――と、思わず、言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。
そんな話を駿河さんに言う必要などないだろうに。余計なことを言いすぎだ。
これ以上、口を滑らす前に……と、気を落ち着かせるように息を吸い、
「とにかく……心配ない」きっぱり言って、じっと駿河さんを真剣な眼差しで見つめた。「すまないが、この件は他言無用で頼む。担任にも、親にも言わないでくれ。まりんに知られたくない」
すると、駿河さんはびくっと怯えたように顔を強張らせ、「う、うん……」と小さく頷いた。
「それは、もちろん……絶対、言わない。約束する」
「ありがとう。恩に着る」
「じゃあ……私はこれで」
「ああ。気をつけてな。今日は本当に助かった」
「うん、こちらこそ……」
別れの言葉もそこそこに、駿河さんは身を翻して廊下を早歩きで去って行った。そんな駿河さんの後ろ姿を見送って、俺は夕陽が差し込む廊下に一人佇み、持っている雑誌に目を落とした。
こういう時期が来る――ということは、俺も理解していたつもりだった。しかし、どこか他人事だったのだろう。まりんの幼馴染として、危機感が足りていなかったのだ、と痛感した。
そうか……とそのとき、思い知った。これからは、こういう悪意も蔓延る環境にまりんは置かれていくのだな、と。
――もし、誘拐でもされていたらどうするの!?
あの日の……おばちゃんの悲鳴じみた声が脳裏に響き、ぐっと奥歯を噛み締めた。
もっと、しっかりしなくては――と雑誌を握り潰す勢いで握り締めていた。
これからは悪いウイルスだけでなく……悪い
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