第15話 幼馴染でいられるはずだ

 ざわざわと胸騒ぎがしていた。

 心臓が激しく波打ち、全身がじわりと熱くなっていく。

 どういう……ことだ? これはなんなんだ?

 おかしいだろう。千歳ちゃんは(なりたてだが)幼馴染だ。守るべき相手だ。守ろう、と誓ったはず。そう心に決めたからこそ、幼馴染になったんだろう。

 それなのに、なんで……この浮ついた気持ちはなんだ?

 ただ、守りたい――と、そうまりんに感じていたものとは、明らかに違う。もっと、ごちゃごちゃとしたものが渦巻いている。自分の中に……もう一人、別の誰かがいるみたいで。どうしたらいいのか、分からない。怖い……とさえ、思った。

 当然、千歳ちゃんの問いに答えられるわけもなく。押し黙る俺に、千歳ちゃんは訝しそうに目を薄め、


「白馬くん……なんだか、顔赤い」

「ほや……っ!?」


 ぎくりとして、咄嗟に千歳ちゃんの手首を離して飛び退いていた。


「あ……あか……赤いか? そうか!?」

「うん……汗もかいてるみたいだけど……」


 んー……と唸りながら、心配そうに千歳ちゃんは俺の顔を覗き込み、


「もしかして――体調悪い? 耐えられないって……カラダ? まさか、ずっと体がツライの我慢してた、とか!?」


 ハッと目を見開く。

 体調が……悪い――だと!?


 その瞬間、混沌としていた脳裏に、ぱあっと光明が差し込んできたようだった。


 なるほど……そうか、そういうことか!

 動悸息切れ、発汗に火照り。そして、妄言に判断力の低下。――確かに、納得だ。俺は『体調が悪い』のだ。だから、幼馴染らしからぬ言動を……!

 思えば、千歳ちゃん家に来てから、俺の調子は変だった。不整脈や微熱のようなものはことあるごとに感じてはいたのだ。しかし、それを……己を免疫の化身だと過信し、見過ごしていた。

 俺としたことが。あれほどまりんに『油断大敵!』と口を酸っぱくして言っていたというのに。なんたる初歩的ミスを……!?


「ああ……そうだ……!」と俺はかっと目を見開き、千歳ちゃんに自信を持って答える。「俺は、体調が悪いんだ!」

「そ……そうなんだ! って、なんで、そんなに生き生きと……!?」

「すまん、千歳ちゃん。なにぶん、初めてのことで戸惑ってしまった」

「初めて……? え、なにが? 体調悪いのが……!?」

「ウイルスの類を宿していたら、千歳ちゃんにも伝染うつしてしまう恐れがある。大変遺憾だが……今夜のところは、これでお暇させてもらおうと思う」


 千歳ちゃんを飛沫飛散圏内から逃すため、じりじりと後退るようにして距離を取る。

 そんな俺をもどかしそうに千歳ちゃんは見つめ、


「うん……そう、だよね。お家でゆっくり休んだほうがいい。無理させちゃってごめん。気付ければ良かった」

 

 さっきまで、『幼馴染じゃいられない』の朗読会にウキウキとしていたのが嘘のよう。千歳ちゃんの表情はすっかり翳って、申し訳なさそうにしゅんとするその様に、胸が押しつぶされるようだった。しかし、だからといって長居して、万が一にも千歳ちゃんの身に何かあっては悔やんでも悔やみきれん。


「千歳ちゃんが謝ることじゃない。俺の過信が招いたことだ。――どうせ、一晩寝れば元通りになる。大丈夫だ。本調子になったら、また来る」


 千歳ちゃんを安心させるよう、力強くそう言うと、


「じゃあ……」と千歳ちゃんは躊躇いがちに口を開き、「お菓子はそのときのために取っておくね」

「ああ、そうしてくれ!」


 やんわりと微笑む千歳ちゃん。その笑みにはまだ不安が滲んでいたが。俺は信じて疑わなかった――。

 俺はちょっと体調が悪いだけだ、と。少し休めば元に戻る。また、ちゃんとした幼馴染おれに戻れる。もう二度と……千歳ちゃんに妙な気は起こさないはずだ、と。



*これにて四章が完結となります〜。


 中だるみしてしまった感もあり、反省点が残る章となってしまった気もしますが。ここまでお読みくださっている皆様、応援し続けてくださっている方々、本当にありがとうございます! どれほど励まされていることか……。


 物語もまだ半分といったところでして。息切れしそうにもなりますが、最後まで書き切りたい、と思っておりますので。引き続き、見守っていただければ幸い至極です〜。

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