第14話 幼馴染じゃいられない

 どんな話なのか、全く想像がつかん。『渚ちゃん』は幼馴染にいったい、何を……? なぜ、いきなり、ベッドの上で淫らな格好に……? どうやったら、真っ当な幼馴染とあんな状況になる!?


「白馬くん、何飲む?」


 ひょっこりと千歳ちゃんがキッチンから顔を覗かせてきて、俺は「うぎょあ!?」と奇声を発して振り返った。


「ち……ちとせちゃ……!?」

「ん? どうしたの?」

「あ、いや……」と、なぜか、持っていた本を――千歳ちゃんのものなのに――背後に隠してしまった。「なんでもない!」

「なんでもない……?」


 むむ……と千歳ちゃんは表情を険しくさせ、腰に手をあてがう。


「怪しいな……。幼馴染の『なんでもない』ほど、この国に信用できない言葉はない」

「そうなのか!?」


 初耳だぞ!?


「ねえ、白馬くん? それ……後ろに何持ってるのかな?」

「何も持ってないぞ!? ノーブラだ!」


 あ……間違った。


「嘘おっしゃい」

「嘘などおっしゃってない! 本当に……俺はノーブラだ!」

「強情なやつめ。体に聞いてやろうか」

「ど……どこで覚えたんだ、そんな悪代官のようなフレーズ!?」

「体は正直らしいぞ〜。さあ、白馬くんはどこが弱いのかな? 千歳ちゃんが暴いてやろう」


 ここぞとばかりに生き生きしながら、両手の指を怪しげに動かして迫り来る千歳ちゃん。悪代官の悪霊でも乗り移っているんじゃないか、というそのただらぬ気配に、「ちょっと待ってくれ!」と俺は思わず両手を出していた。

 その瞬間、「ん?」と正気に戻ったかのように千歳ちゃんは動きを止め、


「あれ、なんで……」


 きょとんと丸くしたその目は、しっかりとそれを――俺の右手に握られている『幼馴染じゃいられない』第六巻を見つめていた。やがて、数秒の間があってから、


「ちょ……これ、ウソ……!? まさか……白馬くん、読んじゃったの!?」


 驚愕の色もあらわに目を見開き、千歳ちゃんは俺の手から『幼馴染じゃいられない』第六巻をばっと取り上げた。


「あ、いや……しっかりと読んだわけではないが、パラパラと見させてもらった」

「ぱ……ぱらぱら!?」


 ふええ……と見たこともないほどの動揺を見せ、顔色を失くす千歳ちゃん。

 明らかにショックそう……だ。

 そういえば、なんの許可もなく、勝手に見てしまったしな。千歳ちゃんが『一番好き』と言っていたから、つい興味がそそられて手に取ってしまったのだが。実は誰にも見られたくなかった……のかもしれん。そういったというのは、徳川家にも今の世にも、いつだって誰の部屋にもあるものだろう。

 かくいう俺だって、親やまりんにさえも見られてまずいものの一冊や二冊、保有しているのだし……。


「すまん、千歳ちゃん。勝手に見てしまって……」

「ほんとダメよ、白馬くん!」と千歳ちゃんは珍しく声を荒らげ、「これ、六巻よ!? 超重要神回が収録されてる、すっごい大事な巻なんだから! パラパラマンガみたいな扱いしちゃダメ!」

「ああ、全くだ――って、超重要……神回!?」

「そう! 初めての渚ちゃんとようくんの幼馴染越え未遂事件!」

「幼馴染越え……未遂!?」


 なんだ、その『K点越え』のようなものは……!?


「白馬くん」と急にキリッと凛々しい生徒会長の面持ちになるや、千歳ちゃんは重々しく口を開く。「一巻から読み直そう。今から」

「今から……!?」

「大丈夫! 私が最後までじっくり感情込めて執拗に読み上げてあげる」

「執拗に……とは!?」


 そんな読み方、初めて――じゃなく!


「ちょ……ちょっと待ってくれ、千歳ちゃん!? そんな急な……!?」

「安心して。私に任せてくれればいいから。今夜は帰さないよ、白馬くん」


 ムフフ……と、再び、悪代官のような怪しげな笑いを漏らしながら、本棚に体を向ける千歳ちゃん。

 ノリ気だ。ノリノリだ。

 まさか……本当に、今から一巻から読み上げる気なのか? じっくり感情込めて……執拗に!?

 しかも、最後まで……ということは――つまり、その六巻も読むということで。当然、も千歳ちゃんが、感情込めて執拗に読み上げるということで。

 目の前をするりと滑らかな白い手が横切る。それはまっすぐに本棚に伸び、『幼馴染じゃいられない』第六巻を列の隙間に差し込んだ。


 ごくりと生唾を飲み込む。

 一瞬見てしまった絵が――セリフが脳裏をよぎる。


 服をあられもなく乱し、羞恥に染まった表情を浮かべる渚ちゃん。そんな彼女が恍惚と漏らす一言。『ダメ……だよ。私たち、幼馴染なのに……』という、なんとも意味深なセリフ。

 あれを……千歳ちゃんが直に読み上げるのか――!?

 どんなふうに、て想像する……までもなく。頭の中に生々しく響く声があった。それは、の千歳ちゃんの声で。『トントン……じゃなかったのかな?』と身じろぎしながら、恥ずかしそうに言った艶かしいその声が脳裏に蘇ってきてしまって……。


 ゾクリと背筋を走るものを感じた。


「お菓子食べながら朗読会ね」


 嬉々として、千歳ちゃんが本棚から一巻を取り出そうとするのが見えて、


「ダメだ、千歳ちゃん!」と、思わず、その手首をがっしりと掴んでいた。「さすがに、耐えられる気がしない!」

「へ……?」


 すぐ傍で、なんとも無防備な声がした。

 ハッとして見やれば、透き通るような瞳がキラキラと輝いて、まっすぐに俺を見つめていた。それはぱちくりと不思議そうに瞬いて、


「耐えられないって……何が?」


 あ……と答えに詰まった。


 訊ねられ、はたりとした。

 何に……? ――そうだ……何にだ?

 一瞬、俺は何を考えた? 幼馴染の……彼女に?

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