第12話 幼馴染のぬくもり①
「白馬くん――。白馬くん、どうしたの!?」
鼓膜に突き刺さるようなその声に、ハッとする。
「え……」
あの頃の公園がばっと一瞬にして脳裏から消えた。
ぱちくりと目を瞬かせて見つめる先には、千歳ちゃんが――今の千歳ちゃんがいた。高校生の……立派な生徒会長になった千歳ちゃんだ。その周りには、蚤の市……ほどではないが、ざっくばらんに物が置かれた賑やかな景色が。
ああ、そうだった――。
ここは千歳ちゃんの部屋だ。俺の新しい幼馴染の部屋だ。
二人でお互いの過去を語り合いながら、ままごとの要領で『もしも』の世界を構築していたところで……。
「大丈夫? なんか、顔色悪い……」
ぎくりとして、「いや」と咄嗟に顔を逸らす。
「大丈夫だ。少し……ぼうっとしてしまった」
「『ぼうっと』って……」
心臓が熱い。息が苦しい。
いったい、いつから……息を止めていたんだろう――。
腹式呼吸だ、腹式呼吸……と己に言い聞かせ、腹筋を意識して息を吸い込む。また千歳ちゃんに要らぬ心労をかけるわけにはいかない。なんとか呼吸を整え、改めて千歳ちゃんに顔を向き直す。
「千歳ちゃんと話をしながら、実際に頭の中で思い描いていたんだが……入り込みすぎたようだ」
「そう……なんだ?」と相槌打つ千歳ちゃんは、しかし、納得していない様子だ。疑るように俺を見つめ、「本当に、それだけ……?」
「ああ、本当だ。すまん」
嘘だ――。
本当は……想像しかけてしまったからだ。一瞬でも、まりんのいない過去を想像しかけた。まりんの存在を忘れ、千歳ちゃんと一緒にユキミチたちのもとに行きかけた。
それはまるで、あの日の願いのようで――。まりんと幼馴染なんかじゃなければよかったのに――と……あの日、抱いてしまった考えと重なって。
ズキズキと……また心臓の近くが疼くように痛み出す。
行かないで――とまりんの縋るような声が脳裏に蘇り、そのたびに、身が焼かれるような焦燥感と、胃が潰されるような罪悪感が体の中に渦巻く。
浮かび上がってくる。
あの日の光景が。あの日の音が。あの日の感触が。
雨に打たれ、虚ろな目で俺を見つめるまりん。奇妙な呼吸音の狭間に囁かれた『やっぱり……来てくれた』というか細い声。背中に感じた、氷のように冷たくなったまりんの身体――。
いつもそうだ。いつもこうして、引き戻される。あの瞬間に……身体も意識も引き戻されて――息ができなくなる。
そのときだった。
「白馬くん――」
ガタン、と物音がして、ハッとしたときには横から千歳ちゃんがガバッと抱きついてきて、
「ぬあ……!?」
抱き止める暇も無かった。思わぬことに、すっかり虚を突かれ、俺はそのまま、千歳ちゃんに――俺よりもずっと華奢で、筋肉量も俺の半分ではないかという幼馴染に――押し倒された。
え……え……? と俺は目を白黒させることしかできず、千歳ちゃんの下敷きになったまま、もはや物言わぬ敷布団となって天井を見上げていた。
何が起きたか、分からなかった。
軍曹殿ことアシダカグモでも目の前に落ちてきたのだろうか? そうとしか思えないような唐突さに勢い。しかし、目だけで辺りを警戒するが、妙な虫の影はどこに見当たらない。
なんだ? なんなんだ? どうしたんだ?
さっぱり……分からない。状況が全く掴めない……が。
でも、なんだろう――。
覆いかぶさるその身体は柔らかくて暖かくて、たまらなく心地良かった。さっきまで強張っていた筋肉が、不思議と
「頭、大丈夫?」
「ふぬお……!?」
俺の胸に埋めるようにしていた千歳ちゃんの頭が突如としてがばっと起き、スフィンクスもびっくりな問いかけをしてきた。
ぎくりとして、その背に伸びかけていた腕がぱっと止まる。
「あ……頭とな……!?」
「ごめんね」と千歳ちゃんは俺に乗っかったまま、悪戯っぽく笑った。「押し倒しちゃうつもりはなかったんだけど。頭、打っちゃったよね? 鈍い音したけど」
「ああ……脳挫傷的な意味か……」
「No that show……?」
「大丈夫だ、千歳ちゃん。そういった意識障害は無い」はっきりと言って、俺は千歳ちゃんごと上体を起こす。「千歳ちゃんこそ、大丈夫か? 突然、どうしたんだ? 何かあったか?」
「んーん……」
俺の身体から離れ、ちょこんと傍で座りながら、千歳ちゃんは穏やかな微笑を浮かべた。
「ただ……君が抱きしめてほしそうな顔してたから」
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