第11話 幼馴染の馴れ初め②【捏造】

 ウチのマンションから徒歩五分ほどの――当時の俺の歩幅だと、もう少し、かかったかもしれないが――近所の公園。真新しいそこは、広々として鬼ごっこにも最適。滑り台にブランコなど定番の遊具に、水飲み場の近くには『どうぞ、こちらで泥だらけになってください』とでも言いたげな御誂え向きの砂場もあって、絶好の遊び場だった。


「ここでいつも遊んでるの?」


 へえ、と興味深げに辺りを見回しながら、彼女――千歳ちゃんは感心したように言った。


「うん。ほぼ毎日ここで遊んでるよ」


 当然、覚えてはいないが、赤ちゃんの頃から俺は母親に連れられて、その公園に通っていたようだ。井戸端会議をするママさんたちの傍らで、俺は近所の赤ちゃん仲間と遊んでいた……らしい。そして、そのまま、そこはの溜まり場になって――。


「ハクちゃん――!」


 そんな高らかな声がして、ハッとして見やれば、


「ハクちゃん、バケツ持ってきたよ!」

「泥合戦やろうよ、泥合戦」

「ハクちゃん、私、木登りしたーい! いっしょにてっぺん目指そ」


 そこには三人組がいた。いつものように……。すでに服を汚し、準備万端の格好で。

 ああ、そうだった――と思い出す。

 ひょろりと背の高いユキミチ。少しぽっちゃりとしたトモキ。そして、俺たちよりもずっと活発で、生傷の絶えなかったショートヘアのイチハちゃん。

 いつも砂埃の中、馬車馬のように走り回り、木を見つけては猿のように登り、砂場へせっせと水を運んでは泥沼と化したそこでやんちゃの限りを尽くしていた。俺たちは……近所でも有名な、山賊のような存在だった。


「友達?」


 ウキウキとしながら千歳ちゃんが訊ねてきて、


「ああ……うん、トモダチ」と俺は慌てて答えた。「ユキミチにトモキ。あと……イチハちゃん」

「ユキミチ、トモキ、イチハちゃん! へえ、そっか。そうなんだ。その三人といつも公園で遊んでるんだね」

「そう……いつも――」


 いつも、んだ――。


「よし、じゃあ……私も一緒に混ぜてもらって。この夏は、私もここで皆と遊ぶんだ!」


 溌剌と言って、千歳ちゃんはたったと駆け出した。軽い足取りで皆の元へと向かいながら、「白馬くんも!」と振り返り、


「早く――一緒に行こうよ」

「ああ……うん」


 千歳ちゃんの急かす声に俺も歩き出そうとした、そのときだった。


 ――ハクちゃん……。


 ぽつりと消え入りそうなか細い声がして、足が凍りついたようにぴたりと止まった。

 

 ――ハクちゃん、行かないで……。

 

 ぞくりと背筋に戦慄が走り、咄嗟に後ろを振り返る。

 すると、そこには……出会ったばかりの頃のまりんがいた。

 ふわりとたゆたう、柔らかそうな長い髪。かっちりとしたワンピースに身を包んだ華奢な身体は、そのまま風に吹かれて飛んで行ってしまいそうだった。ガラス玉でもはめ込んだみたいな、透き通るような瞳がじっと俺を見据え、幼いその顔には悲痛な表情が浮かんでいた。


 ――ハクちゃんは、まりんの『おさななじみ』になってくれるんでしょう?


 懇願するようで、責めるような……まだ舌足らずなその声がグサリと胸に突き刺さった。

 胸に突き刺さったまま――今もまだ、そこにある。疼くような痛みを伴って。


 例えば――なんて無理な話だったんだ。

 あの頃、俺が千歳ちゃんに出会っていたとしたら……いや、

 俺の宿命は『まりんの傍に居ること』だったんだろう。 

 『もしも』の世界でも、きっと俺はまりんに出会って、まりんの幼馴染になっていたに違いない。それ以外の過去を……俺は想像することができなかった。想像することにさえ、身を焼かれるような罪悪感を覚えて……耐えられなかった。

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