第10話 幼馴染の馴れ初め①【捏造】
それは、五才のころ。
マンションから勢いよく飛び出すと、「きゃっ……」と愛らしい声がした。
ハッとして振り返れば、長い黒髪をポニーテールに括り、Tシャツにハーパンという快活そうな格好をした女の子が目を丸くしてこちらを見ていた。
「いきなり出てきたから……びっくりした」
胸を押さえてふふっと笑うその子は同い年ほど。愛らしさの中にも知性が溢れる落ち着いた顔立ちをして、きっといつか立派な生徒会長になりそうだな、と思えた。
「あ……ごめん!」
慌てて謝ると、「んーん」とコロコロと彼女は笑った。
「君、ここに住んでるの?」
ちらりとその子が見つめる先には、俺が今出てきたマンションが。俺もつられたように見遣って、
「うん。駅から徒歩十分の八階建て鉄筋コンクリート造オートロック付きマンションだ」
「そこまで聞いてはいないけども……! ――君、いくつ?」
「五才。近所の公立幼稚園に通っている、一般家庭の子供だ」
「んー……五才の自己紹介じゃないなぁ」と彼女は少し引きつった笑みを浮かべてから、「私は七歳。二つ上だね」
えへん、と威張った風に言って、その子は自分を指差した。
「私……千早千歳。アメリカから来てるの」
「アメリカ……!?」
「うん。アメリカのLA。ビーチの近くだよ」
『ビーチ』というなんとも馴染みのない響きに面食らいつつ、アメリカから来たという『千早千歳』をまじまじと見つめ、
「何しに……来てるんだ?」
「『里帰り』ってやつだね。私の――というより、私のママの、だけど」
ぎこちなく視線を逸らしながら、彼女は自嘲じみた笑みを浮かべた。
「両親は、こっちで生まれ育ったの。父親が向こうで就職して、それを機に二人は結婚して移住して……私はニューヨークで生まれたんだ。だから、私は……いわゆる日系二世」
「にっけい……にせい……」
言い慣れないその単語を口の中で反芻していると、
「変な呼び名よね」とごまかすように彼女は笑って、「だからね、二人の実家……つまり、私のおじいちゃんおばあちゃんのお家がこっちにあって。毎年、夏はママと帰ってきてるの。向こうの学校のお休みの間、こっちの小学校に通ってるんだ。日本にもちゃんと馴染めるように、て……」
「そう……なのか」
「一応、向こうでも……補習校に通ってるんだけどね。給食とか掃除とか無いし……実際のこっちの小学校とは全然違うから」
「補習校?」
「そう。週に一回、日本語を教えてくれる学校があるんだ。駐在で来ている日本人の子供とか、私みたいな現地生まれの日系やミックスの子が通うの。日本に戻ってからも、ちゃんと授業についていけるように、て。まあ、授業は日本式で堅苦しいし、厳しいし……宿題は山のようにあって大変なんだけど。お陰で、こっちの学校にもなんとか通えてる」
「そんなのがあるんだな」
「まあ、私の話はこのくらいで」と彼女は肩を竦めて言って、爛々と輝く瞳でじっと俺を見つめてきた。「君のこと、教えて? まだ、名前も聞いてないよ」
「あ、そうだったか」
彼女のプロフィールの濃さに圧倒されて、うっかりしていた。
俺は姿勢を正し、改まって千早千歳という彼女を真っ直ぐに見つめて言った。
「国矢白馬、五月五日生まれの牡牛座、AB型。独身だ」
「どっ……」
ぶっと彼女は盛大に噴き出し、お腹を押さえて笑い出した。目に涙を浮かべ、実に楽しげな……耳に心地よい無邪気な笑い声を辺りに響かせ、
「だから、もお……五歳児の自己紹介じゃないんだから」
「そ……そうか?」
「そうだよ」と呆れたようにため息吐いて、彼女は笑いが収まるを待って、「それじゃあ……五月五日生まれの牡牛座、AB型で独身の国矢白馬くん。此処で会ったが百年目――一緒に遊ぼ」
ぴょんとポニーテールを弾ませながら、彼女は夏の太陽も羨むような元気一杯の笑みを浮かべて言った。
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