第9話 幼馴染の共同作業②

「思い出創り?」


 目をパチクリさせて訊き返すと、「そう!」と千歳ちゃんは生き生きと頷いた。


「幼馴染といえば、歴史よ! 出会いから今に至るまで……長年に渡って培ってきた関係性こそが、幼馴染を幼馴染たらしめるの。笑いあり、涙あり、ぽろりあり。聞いてるほうが興奮……じゃなくて、照れちゃうような思い出なくしては、幼馴染は成り立たない! もはや、幼馴染にとって『思い出』全てが『馴れ初め』。『思い出』と書いて『なれそめ』と読むもなのよ!」


 演歌でも歌うような勢いでぐっと拳を握りしめながら力説する千歳ちゃん。つい、その勢いに圧されて「なるほど……」と呟いてしまったが……なるほど――なんだろうか? 笑いあり、涙あり、ぽろりあり、の聞いているほうが照れてしまうような思い出なれそめ……なんて、俺とまりんにあるだろうか――って、ぽろりってなんだ!?


「そういうわけで、私たちも思い出なれそめがほしいじゃない?」


 きゅるん、と愛らしい効果音でも聞こえてきそうな、実に可憐な笑みを浮かべて、千歳ちゃんはぱんと両手を合わせた。


「そう……だな」と唸るように言って、俺は腕を組んだ。「確かに。思い……思い出なれそめはあったほうが、信憑性は増すだろう。どこでどう出会ったのか……というのは、必ず訊かれそうなことでもある」


 そもそも、俺と千歳ちゃんは生まれも育ちも全く違う。

 千歳ちゃんはニューヨーク生まれのアメリカ育ち。生まれも育ちも鳥栖寄りの俺とは接点がまるで無い。そんな俺たちが幼馴染だなんてにわかには信じられない話だ。――実際、事実ではないのだし。

 それを全校生徒に信じさせようというのだ。説得力のある思い出話は必要だろう。

 とはいえ――そりゃあ、千歳ちゃんが『ほしい』と言うものは、どんなものでもラッピングに熨斗まで付けて用意してあげたい気持ちは山の如しだが――思い出なんて『ほしい』と言われてポンと出せるようなものでも無い。それこそ、長年に渡って培うものだろう。


「しかし、思い出なんてどうやって……」


 むうっと渋面を浮かべ、ひとりごちるように呟くと、「だから――」と千歳ちゃんの弾んだ声が飛んできた。


「創るのよ。今から」

「創る……?」


 ハッとして見ると、千歳ちゃんは頬杖ついて、ふふん、と妖しげに微笑み、


「これからお互いの過去を擦り合わせて、新しく私たちの思い出を創ります。つまり、『思い出』の捏造よ」

「思い出の……捏造!?」

「――なんて言っても、大したことじゃ無い。もしも、子供の頃、出会えていたら……ていう『もしも』の世界を二人で想像しかんがえ創造するはなすの。ちょっとしたロールプレイよ」

「ロールプレイ……って、つまり、ままごとみたいなものか」

「そうそう、それだ。おままごと」


 思い出の捏造なんて言われてぎょっとしたが……そうか、『ままごと』か。つまり、『千歳ちゃんの幼馴染』役として、千歳ちゃんと話を合わせていくことで仮想の思い出を創り上げていけばいいんだな?


「それならば、できそうだ! 俺にはまりんとのままごとの豊富な実績があるからな。『隣のよく柿食う入れ歯の客』から『実は町内会長をそろそろ辞めたいが、言い出せないお爺ちゃん』まで……数限りない役を創り出し、完璧に演じきってきた。『複雑すぎるよ!』とまりんが文字通りお匙を投げたこともあるくらいだ。どんな『幼馴染』でも、千歳ちゃんの望み通りに創り出してみせよう――」

「全然、分かってないな、白馬くん!」


 これぞ、天職――と、やり甲斐に胸を高鳴らせ、捲し立てる俺の言葉をぴしゃりと遮り、千歳ちゃんは俺の頰をむぎゅっと抓ってきた。


「にゃ……にゃにをするんだ、千歳ちゃん!?」

「私の『理想の幼馴染』を創れ、なんて言ってない。私は君との思い出がほしい、て言ってるの。――私は君と出会いたいの!」

「俺……と……?」

「もう……どうして、君はそんなに――」


 切なげに顔を歪ませ、何かを言いかけ……千歳ちゃんはぱっと俺の頰を離した。

 肩を落とし、ふうっとため息を吐くと、改めて俺を見つめてきた。今度は落ち着いた、憐れみさえはらんだ眼差しで……。


「頭の中でだけ……でもいい。子供の頃の君と出会ってみたいの。だから、教えて――出会えなかった君のこと」

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