第8話 幼馴染の共同作業①

「おお、これは……」


  キラキラと輝くツヤのある炊きたてご飯。そこにガンジス川の如くなみなみと注がれたカレーには、斬新で大胆な切り口の豚肉や野菜がゴロゴロと転がっていた。スプーンで一掬いしてぱくりと口に入れれば、舌の上を様々な食感と味が転がり、大賑わい。これは、まさしく――、


「お口の中がクンブ・メーラだ!」

「どういう意味かな……!?」


 四角いローテーブルには、カレーが乗った皿に取り皿、そして水の入ったグラスがそれぞれ二つずつ並び、その真ん中にはゆで卵やトマトなどで彩り豊かに盛り付けられたサラダが、木製のボールに装われて置かれている。

 胡座をかいて座る俺の斜め横には、ゆったりとしたロングTシャツに着替えた千歳ちゃんが。ちょうど、大きなじゃがいもを口に入れようとしたところで、俺の感想にぎょっと目を見開いた。


「クンブ・メーラって……なに?」

「インドの行事だ」

「それは……カレーに対する褒め言葉として受け取っていいのかな?」


 眉間に悩ましげな皺を刻みながら、千歳ちゃんは困惑気味に苦笑する。


「もちろんだ! 世界最大のお祭りだぞ」

「『世界最大』を料理の喩えに使われて、果たして喜ぶべきか、悩むところだけど……」

「何を言うんだ、千歳ちゃん!? 素材をこんなにも存分に惜しみなく使うなんて……マハーラージャもびっくりな贅沢カレーだ」

「あ……分かった!」と千歳ちゃんは急にハッとして、勢いよくこちらに振り返る。「切り方が雑、て言ってるな!?」

「言ってないぞ!? 俺はクンブ・メーラのようだ、と……」

「クンブ・メーラのようだ、てごまかしてるだけね!?」

「な……なぜ、そうなる!?」

「なぜ、じゃないの。無自覚ずるいなぁ、もお〜……」


 やれやれ、と言った具合にため息吐いて、千歳ちゃんはじゃがいもを口の中に放り込んだ。しばらくもぐもぐとしてから、ごっくんと喉を動かし、気を落ち着かせるように一呼吸。


「とりあえず」とおもむろに口を開くと、千歳ちゃんはクスッと笑った。「私の幼馴染くんは食レポが苦手……てことは分かったぞ。――さっそく、収穫あり、てことで不問に処す」

「収穫……?」

「私も君のことを知りたい、て言ったでしょう? 何を隠そう、こうして君をウチに呼んだのもそのためだったのよ」

「そのため……というと?」

「今日から私たちは幼馴染になったんだから。お互いのことをよく知っておかないと不自然でしょう? これから、私たちの関係は学校中に知れ渡ることになるし……きっと、学校でいろいろと訊かれる場面も出てきて欲し――出てくるわ。そういうとき、『知らない』なんて言ったらきっと怪しまれる。些細な疑念から波紋は生じるものよ。どんな質問にも答えられるように備えておかなきゃ」

「な……なるほど」


 さすが、千歳ちゃんだ。確かにその通りだ。

 まりんに関して、養護教諭やまりんの担任に何を訊かれても俺はいつでも的確に答えられていた。俺はもはや、歩くまりんのカルテだった。幼馴染たるもの、それくらいの知識量は備えていなければなるまい。


「そうだな」と俺は自然と正座になって、深々と頷いた。「それでは、やはり……千歳ちゃんの身長体重、血液型、安静時の体温と心拍数、その他、持病や花粉症等のアレルギーの有無を――」

「体重無し、て言った!」


 わあ、と慌てて言ってから、千歳ちゃんははたりとして……気を取り直すように咳払い。少し頰を赤らめつつも、冷静さを取り戻した面持ちで俺を見つめ、


「そういう身体的な情報ももちろん大事……だけど。それは、またあとでメッセージで送り合って、暗記するほうが効率的だと思うの。今、言葉で伝えても覚えきれないだろうし。せっかく、二人きりでこうして会っているんだから、もっと優先すべき共同作業があると思うわ」

「共同……作業?」


 いまいちピンと来ず、ぽかんとして訊き返すと、千歳ちゃんは「そ」と思わせぶりな笑みを浮かべた。


「幼馴染としての初めての共同作業。――今から二人で『思い出創り』をします」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る