第5話 幼馴染の一句
そろりと顔を上げれば、身を屈めて俺を覗き込む千歳ちゃんが。その緩んだ襟元からは深い谷間とたおやかに膨らむ双丘がちらりと覗き、つい、ぎょっとしてしまう。あの……ふんわりとした焼きたてメロンパンの如き感触が指先に戻ってくるようで――かあっと顔が熱くなり、慌てて俯いた。
まずい……。どうなっているんだ……!?
今まで、全くもって気にしていなかったのに。視界に入ることがあっても、何も感じなかったのに。ただの人体の不思議としか思っていなかったのに。今ではその膨らみがあまりにも魅惑的に映ってしまって。どうしようもなく目が引かれてしまう。これは……この気持ちは、まさに――。
「は……白馬くん? 大丈夫?」
ごくりと生唾を飲み込む。
せめて、千歳ちゃんに伝えねばと思った。それがせめてもの誠意というものだろう。
一息吐いて心を鎮め、俺はゆっくりと口を開く。
「千歳ちゃん
詠み終えるや、一瞬、しんとキッチンは静まり返り、
「え……俳句!? なんで、一句詠んだの!?」
「俺は不器用だから」正座した膝の上で、ぐっと拳を握り締める。「もう、これしか……この気持ちを表現する手段が無いと思って。松尾先生の句を拝借した」
「すごく器用……な気もするけど。松尾先生って……誰?」
「松尾芭蕉先生だ」
「そんな先生……ウチの学校にいたっけ? 中学の恩師とか……?」
「いや、江戸時代の俳人だ」
「江戸時代の……廃人!? そんな……歴史に残るような廃人が日本にはいるの?」
「『奥の細道』でよく知られる俳人だ」
「ああ……奥まったところに引きこもっちゃったんだ」
なぜか、気の毒そうに呟く千歳ちゃん。
何か食い違っているような気もしなくもないが……今は松尾先生に関して語り合いたいわけではない。
「本来の松尾先生の句は、『山路来て 何やらゆかし すみれ草』というもので……山道を歩いていた松尾先生がふと足元に咲いているすみれ草に気づいて、その可憐さに心が惹かれた――という一句だ」
「思い切って外に出てみたら、自然の美しさに触れてびっくりしちゃった――ていう引きこもりならではの心境ね」
「引きこもり?」
なぜ、引きこもりの話に!?
「松尾先生は引きこもりでは――」
思わず、顔を上げ――刹那、やはりそれが目に飛び込んできて、咄嗟に視線を逸らした。
「とにかく」とごまかすように咳払いし、「俺も、今……そういう心境なんだ! すまん、千歳ちゃん……!」
「んん……!? えっと……ごめん、どういう心境?」
「俺は……千歳ちゃんが健康的な体つきをしていることは分かっていたんだが、それだけだった。でも、さっき……気づいてしまったというか。触れてみたら……全然違っていて……正直、ものすごく動揺している」
「違うって? 想像と?」
「いや……俺と――俺の身体と……だ」
強張った声で言って、ちろりと千歳ちゃんに視線を戻す。胸元から必死に意識を逸らしつつ……。
「千歳ちゃんは……女の子なんだな」
呟くようにそう言うと、千歳ちゃんはぽかんとしてから、ぷっと吹き出した。
「そうだよ。『千歳ちゃん』は女の子です。――今、気づいたの?」
「あ、いや……もちろん、気づいてはいたんだが」
「意識――してなかったんだね」
なるほど、と千歳ちゃんは穏やかに微笑み、じっと俺を観察するように見つめてきた。
「ハグしても白馬くんは冷静に抱き返してくるし、壁ドンだって自然にしてくるし……さすがに女慣れしてるな〜て思ってたけど。ただ、意識してしなかっただけなのね」
「お……おんななれ……? 俺が……?」
「だって」と千歳ちゃんは急に真剣な面持ちになり、ぐいっと俺に顔を寄せてきて、「あーんなに可愛い超極上幼馴染がいたのよ!? ラッキースケベなんて日常茶飯事で、おっぱいの一つや二つ、手玉に取ってるものかと……!」
「おっぱいを手玉に取るとは……!?」
って、いや……今はそこでは無いな!?
「ラッキースケベがなんなのか、俺には良く分からんが……俺は断じて、まりんのおっぱいに手を触れたことなど――」
言いかけ、ハッとして口を噤む。
今、俺はなんと……? まりんの……おっぱいだと!?
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