第4話 幼馴染のアクシデント
声を上げると同時に駆け出し、キッチンに飛び込むと、
「あ、ごめん」とコンロに向かって佇む千歳ちゃんが振り返るところで。「かき混ぜてたら、カレーが跳ねて……びっくりしただけ」
おたまを手に、照れたように笑う千歳ちゃん。真っ白な生地に、ブランド名だろうか、ロゴが大きくプリントされたTシャツには、確かにカレーが飛び跳ねた跡が……。
「大丈夫か? 火傷は……!?」
慌てて歩み寄り、まじまじと体を確認する。
沸騰してできた気泡が弾けた……といったところだろうか。幸い、カレーの跡は胸元だけ。顔や腕など、地肌がむき出しになった部位は無事のよう。衣服についた飛沫も、ほんの数滴――といった感じで下まで滲みるような量でも無い。「大丈夫……そうだな」とひとまずホッとする俺に、千歳ちゃんはクスッと笑い、
「大丈夫だよ」となだめるように言って、おたまを鍋に戻す。「白馬くんは心配性だなぁ」
「心配性……? 俺が?」
「あ。自覚ない感じだ」
「自覚って……」
ぽかんとする俺をよそに、千歳ちゃんはコンロの火を消し、「んー……」と自分のTシャツを見下ろした。
「でも……服の方は大丈夫じゃなさそうだな。着やすくて好きだったのに」
残念そうに肩を落とし、「カレーのシミって落ちないよね」とぼやく千歳ちゃん。俺はハッとし、「諦めるのはまだ早いぞ、千歳ちゃん!」とシンク横に置いてあったキッチンペーパーを手に取り、小さく千切った。
「こういうときはだな……」
言いながら、キッチンペーパーの切れ端を水で湿らせ、そこに食器用洗剤を少し垂らす。
「こうやって食器用洗剤を染み込ませたもので、トントンとシミを叩いておくと良い――とうちの母親が言っていた」
「へえ……トントンと……」
興味深げな千歳ちゃんの声がすぐ傍からした。「ああ、トントンだ」と自信満々に答え、俺はトントン用のキッチンペーパーを手に振り返る。
「昔、まりんがうちでミートソースを真っ白なワンピースに零してしまったことがあってな。そのときも、こうしてトントンとしたもので――」
「えっ……あ、白馬く……!?」
そういえば、まりんはおっちょこちょいで、よくジュースもこぼしていたな――なんて懐かしみつつ、千歳ちゃんのTシャツのシミにキッチンペーパーを当てた……のだが。トントンしようとしたその指は、ふにっとなんとも柔らかな感触に飲み込まれ、その瞬間、「はう……」と千歳ちゃんがびくんと身体を跳ねさせた。
あれ……とはたりとして固まった。
なんだ? この千歳ちゃんのリアクションに……そして、この弾力は?
ふんわりと柔らかくも、豊かな張り。俺の筋肉とは全く違う。無下に弾き返してくるわけでもなく、優しく包み込んでくるような。まるで、その膨らみに指が吸い込まれるよう――って、膨らみ……!?
ちょっと……待てよ。そういえば、ここはなぜ、こんなにも膨らんでいるんだろうか――なんて冷静に考える声がして、ぱちくりと目を瞬かせて見つめる先で、指先はまだそこに沈んでいた。ふっくらと膨らむ千歳ちゃんのその豊満な胸元に……。
「は……白馬……くん?」
ふいに、千歳ちゃんが身じろぎし、
「トントン……じゃなかったのかな?」
恥ずかしいのを必死に堪えているかのような――鼻にかかったその声に、ドカン、と自分の中で何かが爆発するような音がした気がした。
まるで、ようやく、全神経がことの事態を把握したようで――。
身体の中が一気に燃えるように熱くなり、「ほぐあああ!?」と自分でも驚くような頓狂な声を上げ、とっさに手を離して飛びのいていた。
「ありおりはべりいまそかりー!!」
「え、なに……? 呪文!?」
「す……すまん、千歳ちゃん!」床に頭突きせん勢いで、ずざっとその場に土下座し、「どさくさ紛れに、千歳ちゃんのおっ……胸に触れてしまった! しかもそのあまりの柔らかさに驚いて、しばらく指を突き刺したまま、恍惚……ではなく、その……茫然としてしまって……!」
「あ、や……ちょ……そんな詳しく説明しなくてもいいから!?」
「か……かくなる上は、指先を氷で冷やし、感覚を麻痺させたのち、最寄りの滝に打たれて身を清めてくる!」
「最寄りの駅ならあるけど、滝は無いんじゃないかな!?」
呆れたように言って、千歳ちゃんがすぐ傍に腰を下ろすのが分かって、
「土下座なんていいから。顔、上げて?」
「いや、しかし……」
「大丈夫、大丈夫。アクシデントなのは充分、分かってるから。もう幼馴染になったんだし。多少のラッキースケベくらい赦します」
「ら……
な……なんだ、それは!?
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