第17話 知りたいの

 戻って来た千歳ちゃんは片手にカレールー。そして、もう一方の手には空っぽの買い物かごを提げていた。


「はい、これ!」と俺に向かい合うなり、千歳ちゃんは俺にそのかごを差し出してきて、「白馬くんの大好きだったお菓子、たくさん詰めて来て。それが手土産、てことで」

「お……お菓子?」

「そ。食後のデザート代わりに一緒に食べよ。いろいろ語らいながら」

「デザート代わりに……お菓子? そんなことが許されるのか!?」

「許しちゃいます」


 ふふん、と得意げに笑って、「一人暮らしの特権よ」と千歳ちゃんは歌うように言った。


「ちなみに、千円以内ね。バナナはおやつに含みません」

「ああ……まあ、バナナは野菜だもんな」

「そうなんだ!? ――って、そういう話でも無いんだけど」

「違うのか!?」


 じゃあ、なんの話なんだ? なぜ、急にバナナが……?

 困惑して目を瞬かせていると、「ごめん、余計なこと言った」と千歳ちゃんは苦笑して、


「とにかく……子供の頃、君が大好きだったお菓子を一緒に食べたいの」


 夕食の後にお菓子……とは、なかなか罪深い所業にも感じるが。それでも、「いいかな?」と期待いっぱいに瞳を輝かせ、ウキウキとした様子で返事を待つ千歳ちゃんを見ていれば……幼き日の母の教えも忘却の彼方にかなぐり捨てて、カレーもお菓子も平らげてやろうじゃないか――という気になってくる。


「ああ。任せてくれ」自信満々に言って、俺は千歳ちゃんから買い物カゴを受け取る。「カレーの辛みに合いそうなお菓子を選んでみせよう。それで――千歳ちゃんはどんなお菓子が好きなんだ?」

「あ、白馬くん! ちゃんと私の話、聞いてなかったな!?」

「へ……?」


 いきなり叱られ、買い物カゴを手に俺はぽかんとしてしまった。千歳ちゃんの話は……ちゃんと聞いていたつもりだったが。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?


「す……すまん。何か聞き逃しただろうか? 千円以内でバナナ抜き……はちゃんと頭に入っているぞ?」

「そこじゃなくて……」と千歳ちゃんはムッとしながら、真剣な眼差しで俺をきっとねめつけ、「私は――好きだったお菓子、て言ったの」

「俺……の?」

「そう。カレーの辛みも、私のことも……も気にしなくていい。そういうの、どうでもいいから。ただ、君が好きだったものを好きなように選んで来てくれればいい」


 なぜ……だろう――。

 まるで、慰めるような声色だった。そんな声色で放たれた、千歳ちゃんのその言葉が……なぜか、やたらと胸にズキリと突き刺さった。

 それは、息が止まるほどの衝撃で。心の奥深くで、激しく揺り動かされるものがあって。


 ああ、そういえば……と買い物カゴの取っ手をぎゅっと握りしめながら、思い出していた。

 そういえば――久しぶりな気がする。もうずっと長いこと、言われていなかったような感じがする。俺の好きなものを好きなように……なんて。


 自分でも戸惑うほどに動揺していた。返す言葉も思いつかなくて……茫然としていると、千歳ちゃんはそっと目を細め、


「君のことを私も知りたいの」と穏やかに、でも力強く言った。「だから、取り戻していこう。出会えなかった分の――私たちの子供時代」



*ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 少し短くなってしまいましたが、ひとまず、第三章はここで終わりということで。次章から、皆様お待ちかね(だといいな)の『突撃! 千歳ちゃん家の晩御飯』編です。

 引き続き、お読みいただければ幸い至極です。

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