第15話 問診のワケ
「駅前で……アレルギーは無いか、て訊いてきたのは、まりんちゃんがアレルギー持ちだったから――」納得したようにひとりごちるようにそこまで言うと、千歳ちゃんはハッとした。「そういえば、まりんちゃんって身体が弱かった、て前に……。だから、血圧とか脈拍とか――あんな問診みたいな質問してきたの?」
全てが繋がった――とでも言わんばかりに、目を見開き、じっと俺を見つめてくる千歳ちゃん。その眼差しは真剣そのもの。表情は深刻そうで。どこか同情の色さえ伺えて……戸惑った。
確かに、さっき、身長体重、血液型、その他諸々千歳ちゃんに関する基本的情報を訊いた。そのときも千歳ちゃんは何やら困惑した様子ではあったが、俺自身は『問診みたいな質問』をした覚えは無くて――。
「いや、『だから』というか」と頭をガシガシ掻きながら答える。「傍にいるなら、ちゃんと知っておくべき情報だろう。幼馴染として……何かあったときのために、ちゃんと守れるように」
「そう……? そう、いうものなのかな」
そっか、と相槌打ちつつも、まだ千歳ちゃんの表情は曇っていた。何か引っかかっている、というのは一目瞭然。しかし、千歳ちゃんはぱっと気を取り直すように微笑み、
「じゃあ、私も知っとかないとだね! 白馬くんの身長体重、血圧、脈拍、その他いろいろ」
腰に手を当てがい、ふふん、と千歳ちゃんは気取ったように微笑む。
俺の……? なぜだ――と、つい、眉をひそめてしまった。
「別に、俺のことは気にしなくていいぞ? 俺は超健康体だし、この通り、鍛えている。千歳ちゃんが心配することは何も無い」
「それを言うなら、私だって超健康体だよ。アレルギーも何も無いし、白馬くんが心配することは何もありません」
呆れたような、それでいて、優しげな微苦笑を浮かべてそう言うと、千歳ちゃんは「と、いうわけで」と人差し指をぴんと立てて弾んだ声で続けた。
「体重を教えるって話は無し、てことでいいかな? 白馬くんがどーしても、個人的な嗜好で私の体重が必要というならば……まあ、教えてあげなくもないけども」
個人的な嗜好……?
「いや、そういうわけではないが……」
なんだろう。千歳ちゃんは、やたらと体重にこだわるな? さっきは、一、二週間、待ってほしい、と言い、今度は『無し』にしてほしい、なんて……。ただ、体重計が壊れているだけかと思ったが、もしかして……言いたく無いのだろうか?
まりんも、そういえば、体重に関しては言うのを躊躇っていた節がある。体重だけは、なぜか、部屋で二人きりでも耳打ちで伝えてきて……『誰にも言っちゃだめだよ』と真っ赤な顔で口止めまでしてきた。そんな不確かな約束はできない、と言えば、『もお!』と怒られたものだ。――それでも、まりんは訊けば答えてくれたのだが。
「もしかして……千歳ちゃんは、体重を俺に言うのが厭なのか?」
ずばり訊ねると、千歳ちゃんは見るからにギクリとして、「え!? いや、まあ、厭というか……なんだろうね? そういうことを訊かれるのを前提として生きてきたことが無いというか……戸惑ってはいます」と頰を染めてもじもじとして言った。
「そうか。それはすまん。そういうことならば、体重はもういい」
「ほんと!?」
よほど厭だったのか、千歳ちゃんはぱあっと明るい表情を浮かべた。
知らなかったとはいえ……ずっと悩ませていたんだな、と思うと胸がずきりと痛んだ。そうと分かれば、こんな話は――千歳ちゃんの嫌がるような話題は――さっさと断ち切るべきだろう。
「ただ、行方不明になったとき、そういう情報もあれば役立つかと思っただけだ。だから、気にしないでくれ」
言って、話を切り替えるように「それで、カレールーだが、俺はこれが一番……」とカレールーの箱を渡そうとした――のだが。
千歳ちゃんは目をまん丸にして、茫然として俺を見つめていた。まるで、信じられないものでも見るように……。
思わず、背後をちらりと見たが、なんでもない夕方のスーパーの風景が広がっているだけ。特に変わった様子も見られない。となると、俺――なのだろうが。
「ど……どうかしたのか、千歳ちゃん? このカレールーは嫌いか?」
「え、いや……カレールー……じゃなくて――」
我に返ったようにハッとすると、千歳ちゃんは「ありがとう!」と慌てた様子で笑みを作って、俺からカレールーの箱を受け取った。
そして、しばらく、険しい顔つきでそれを眺めていたかと思えば――考え込むような間があってから――「白馬くん……」と落ち着いた声色で口火を切り、冷静な笑みで俺を見つめてきた。
「まりんちゃんって……フルネーム、なんだっけ?」
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