第14話 究極の選択②

「究極の選択だよね!?」ぐっと拳を握りしめ、千歳ちゃんは熱のこもった声で言う。「カレーか、幼馴染わたし! どちらも日本男児の大好物!」

「そう……なのか!?」

「あれ……違うの?」


 ハッとして、たちまち、千歳ちゃんは生き生きとしていた表情を不安げに曇らせた。


「白馬くんも男の子だし……女の子の部屋に来るなら、当然、手料理を期待しているかと思って、カレーを用意してたんだけど……もしかして、白馬くん、カレー好きじゃない!?」


 ガーン、とショックを受けた様子で口許を両手で覆い、後退る千歳ちゃん。


「日本男児はカレーを血肉として育つ、てノブが言ってたから、カレーなら間違いないと思ったのに! ごめん、また、私、暴走した!?」


 また、出た、『ノブ』さん!? いったい、何者だ……て、今は『ノブ』さんを気にしている場合ではない!


「落ち着け、千歳ちゃん! 俺の血肉になっているかは分からないが、カレーは好きだ!」

「ほ……ほんと?」

「ああ、本当だ!」

「また……私のために、嘘吐いてない?」

「嘘じゃ無い! 俺は生来ハヤシよりもカレー派だ。カレーが大好きだ!」


 スーパーの中心でカレーへの愛を声高々に叫ぶと、「ママ、あの人、顔怖いのにカレーが好きなんだね。僕と一緒だ」と小学生らしき少年がお母さんに嬉々として言いながら通り過ぎていった。

 顔が怖いのとカレー好きとなんの関係があるのかは分からないが……どうやら、あの少年もカレーが好きらしい。それが分かっただけで、見ず知らずの少年にも親近感が湧いた。確かに、『ノブ』さんの言う通り、もしかしたら日本男児の血肉にはカレーが流れ、大和魂の源とはカレーなのかもしれない――なんて思っていると、


「そっ……か」とホッとした様子で千歳ちゃんは胸に手を当て、へにゃりと顔を綻ばせた。「良かった〜。いっぱい、作っちゃったから……どうしようかと思った」

「そうか。俺はいっぱい食べるぞ!」

「うん、いっぱい食べてね」


 ふふ、と嬉しそうに笑う千歳ちゃん。

 やはり、千歳ちゃんはよく笑う――。

 飾り気も陰もないその笑顔は、太陽のように清らかで眩く、暖かい感じがして。見ているだけで心が安らぐ。

 とりあえず、俺がカレー好きだと信じてくれたようだ。これで、ひと段落――と、俺もホッとして胸を撫で下ろしかけ……いや、待てよ!? とくわっと目を見開く。

 カレーが好きかどうか、という話だったか!? 

 俺が訊きたかったのは、そういうことでは無く――。


「それじゃあ、改めまして……今夜のカレー奉行の白馬くんに、カレールーの選択を――」

「ちょっと待ってくれ、千歳ちゃん!」


 カレー奉行とは!? と思いつつも、ちゃっちゃと進行を始めた千歳ちゃんを俺は遮り、


「カレールーの選択の前に、『究極の選択』とやらのことを教えて欲しい!」

「へ……」とぽかんとして、千歳ちゃんは小首を傾げた。「教えて欲しいって……」

「カレーにするのか、『わたし』にするのか……というさっきの問いだが、正直、全く分からん。カレーという選択肢は分かるが、『わたし』はなんなんだ? 『わたし』を選んだら、いったいどうなるんだ!?」


 夢中で捲し立てるように訊ねると、千歳ちゃんは目をぱちくりと瞬かせ――、


「ひぇえ……!?」となぜか、顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げた。「ど……どうなるって……それ、本気で訊いてる!? 『ごはんにする? お風呂にする? それとも私?』って……日本の伝統芸、白馬くんは知らないの!?」

「そんな伝統芸が……!?」


 なんてことだ。この国にもう十五年も生きてきて、そんな伝統芸があることなど聞いたことも無かった。いったい、どういった趣向の伝統芸なんだ?


「知らん」


 恥を忍んではっきりとそう答えると、「そ……そうなんだ……」と千歳ちゃんは茫然としながら呟き、


「つまり……まりんちゃんにも、そういう質問はされたことが無い、と……」

「全く無いぞ。俺がまりんに『台車にする? それとも俺?』と訊ねたことはあるが……」

「な……なに、その二択?」


 たしか、中一の頃だったか。どうしても持久走に出る、とまりんが譲らず、そこまで出たいなら……と、その『究極の選択』を迫った。台車で俺がまりんを運ぶか、俺がまりんを背負って走るか、と。結局、『どっちもハクちゃんじゃん!』と叱られ、まりんは持久走を諦めた。

 まあ、そんな話は今、千歳ちゃんにすることでもないだろうから、いいとして――。


「そもそも……」言いながら、ずらりと並ぶカレールーに目を向ける。「俺はまりんの手料理は食べたことが無い」


 すると、隣で千歳ちゃんがハッとする気配がした。

 意外……だったんだろう。

 白馬くんも男の子だし……女の子の部屋に来るなら、当然、手料理を期待しているかと思って――と、さっき、千歳ちゃんは言っていたし。さえ、俺には無いなんて思ってもいなかったんだろう。


「いつも、料理をするのは俺だった。だから、まりんに『ごはんにする?』なんて訊かれたことは無い」


 まりんの部屋に行く時、俺は何かを期待したことは一度も無い。ただ、まりんが元気でそこにいてくれれば、それで良かった。無事な姿さえ確認できれば、安心できた。他に何も望んだことは無い――。


「それに」と思い出したように続けながら、カレールーの箱を一つ手に取る。「まりんは小麦アレルギーだから、こういう……その辺のカレールーを使ったカレーは食べられない」

「アレルギー……?」

「まあ、米粉のカレールーもあるから、それなら食べれるんだが……わざわざそれを探して食べたいというほど、まりんはカレー好きじゃ無いみたいでな。『カレーか、わたし』以前に、『カレー』という選択肢自体、滅多に無かった。

 大好きなケーキやパンとなると、必死で米粉のものを探していて……俺もよく米粉でチョコチップメロンパンを焼いては、まりんに持って行っていたが」


 そんなことを呟くように語りながら、癖のように成分表で小麦粉の有無を確認していると、「あ――だから……」と千歳ちゃんがぽつりと言うのが聞こえた。


「だから……あの問診だったの?」


 ん……? 問診って……なんだったっけ?

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