第11話 幼馴染に訊きたいこと①

 人混みの流れに逆らうように駅から猛ダッシュで来た道を戻ると、さっきのコンビニの前で、千歳ちゃんが空を見上げて立っていた。鼻歌でも歌っているのだろうか、と思えるような穏やかな表情で……。


「千歳ちゃん……!」


 大声上げて駆け寄ると、千歳ちゃんはハッとして振り返り、 「白馬くん」とふっと微笑んだ。


「――渡せた?」

「ああ……!」


 千歳ちゃんと向かい合うなり、勢いよく頷き、


「ちゃんと本庄に渡してきた!」

「そっか……って、本庄くん!? 本庄くんに渡してきたの!?」

「そうだ、本庄だ」

「あれ……ああ……そう……だったの?」心底不思議そうに目をパチクリさせながら、千歳ちゃんは小首を傾げる。「てっきり……ホンモノの幼馴染のあの子に……」

「まりんだな」

「ああ、そう。――まりん、ちゃん」


 はは、と千歳ちゃんは困惑気味にぎこちなく笑って、ちらりと俺の背後を――駅の方を見遣った。


「まりんちゃんを追いかけて行ったものだと信じ切ってたよ。そのつもりで、送り出したんだけど……そっか、あの花束、本庄くんへのだったんだ? すっかり勘違い――」

「いや、本庄への花束でも無い」

「違うの!?」

「あの花束は、本当に……千歳ちゃんへの花束だったんだ。そのつもり……だったんだが――」


 ぐっと拳を握り締め、「すまん!」と頭を下げた。


「千歳ちゃんへの花束だというのに……俺は千歳ちゃんの好きな花が何かも聞かずにガーベラを選んでいた! そもそも、千歳ちゃんが花を好きかどうかも、俺は知らないというのに。

 まりんがガーベラを好きだから……贈り物といえばガーベラの花束だ――という勝手な固定観念で、選んでしまっていた。それは間違っている、とさっき気づいた。だから……真にガーベラを欲している本庄の親御さんに贈るべきだ、と思って、本庄に渡してきたんだ」


 今まで、俺の人生には、まりんしかいなかった。まりんが全てだった。まりんが無事なら、他はどうでも良かった。そう迷いなく言い切れた。

 でも、今は……。


「俺は、千歳ちゃんのために……ちゃんと千歳ちゃんが喜ぶものを贈りたい」


 だから――と、ゆっくりと顔を上げ、千歳ちゃんを真っ直ぐに見つめた。胸の奥で騒がしいほどにざわめく何かを感じながら……。

 これは……この気持ちは、なんなんだろう? 使命感とも、好奇心とも違う。彼女を知りたい――という漠然とした『欲』のようなもの。それが不思議な高揚感を帯びて、突き動かしてくるようで……。


「順番を間違えてしまった気がするが……」気を落ち着かせるように一呼吸置いて、ゆっくりと、語調を強めて言う。「改めて、教えて欲しい。千歳ちゃんのことを――俺は知りたいんだ」


 夕陽のせい、だろうか。ハッと目を見開いた千歳ちゃんの頬が、じんわりと赤く滲んで見えた。

 そうして、しばらく見つめ合ってから、千歳ちゃんは困ったような、はにかむような……そんな笑みを浮かべ、「もちろん」と噛み締めるように言って頷いた。


「なんでも訊いて。なんでも答える」

「そう……か! ありがとう、千歳ちゃん」


 さあ、どうぞ――と言わんばかりにすっと背筋を伸ばす千歳ちゃん。俺も姿勢を正し、「では、早速」と咳払いして真剣な面持ちで千歳ちゃんを見つめ、


「身長体重、血液型、安静時の体温と心拍数、その他、持病や花粉症等のアレルギーの有無を教えて欲しい!」


 畳み掛けるように勢いよくそう問うと、千歳ちゃんは「へ……」と惚けた声を漏らし、きょとんとしてしまった。

 呆気に取られたような間があってから、


「も……問診……?」


 千歳ちゃんはそうぽつりと呟いた。

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