第10話 花束を誰に⑨
駅の構内に入ったところで、その後ろ姿を見つけた。すみません、と人ごみをかき分けて進み、
「本庄!」
辺りに響き渡るような大声で呼び止めると、ばっと振り返る群衆の中、ひときわ目立つ輝かんばかりのイケメンが。
「え……国矢?」
「よかった、間に合った!」
立ち止まった本庄に足早に歩み寄り、
「――受け取ってくれ!」
きょとんとする本庄に、ばっと花束を差し出す。その途端、周りで何やらどよめきが広がり、なぜか本庄がかあっと顔を赤らめた。
「ちょっ……ここっ!?」
「どうした、本庄? 鶏のような声を上げて……?」
「いや、どうした……て、こっちのセリフっていうか……」
困惑しきった表情であたふたと辺りを見回してから、「とりあえず、向こうで話そう」と本庄は俺を隅へと促した。
「いったい、なんだ、いきなり? 千早先輩は? 今から千早先輩ん家に行く予定だったんじゃ……」
人だかりから外れ、少し暗がりになった壁際で向かい合うなり、本庄は訝しげにそう訊ねてきた。
「待ってもらっている」ちらりと背後を――駅の入り口のほうを――見ながら答える。「まずは、本庄に花束を渡さねば、と思って」
「なんで!?」
「なんでって……本庄の親御さんがガーベラを欲しがっている、と言っていただろう」
「へ……」とぽかんとしてから、本庄はハッとして、「それ、嘘……てか、待って!? だから、わざわざ追いかけてきたのか!? 千早先輩に渡す花束だったんんじゃないのか!?」
「そうだったんだが……」
言って、花束を見下ろす。
やはり――溌剌として元気一杯咲き誇るガーベラは、まりんを思わせた。
「これは……まりんの花なんだ。まりんが好きな花で、まりんに似合う花だ。俺は、千歳ちゃんに渡そうと思いながら、そんな花を選んでいた。それは……間違っているような気がした」
俺は今まで――記憶にある限りは――まりんにしか、家族以外で贈り物をしたことがなかった。まりん以外は、どうでもよかったから。まりんのことしか考えてこなかったから。他の誰かに何かを贈ろうと思ったことなんて無かった。だから、知らなかったんだ。まりん以外の誰かに何かを贈る方法を――、まりん以外の誰かを想いながら、何かを選ぶということを――、まりん以外の誰かを喜ばせたい、という気持ちを――、俺はずっと知らずに生きてきたのだ、とさっき気づいた。
「ちゃんと……千歳ちゃんの好きな花を選びたい、と思った」
まるで独り言のように、ぽつりとそう呟いていた。
「だから、これは千歳ちゃんには渡せない」
そもそも――千歳ちゃんが花を好きなのかも分からない。ひどい花粉症持ちかもしれない。そんなことも俺は知らないんだ。それは『幼馴染』とは言えない。それこそ、幼馴染失格だ。
でも、なんなんだろう。
不安が無いんだ。彼女のことを知らないことに恐怖感が無い。
千歳ちゃんに会うたびに、驚かされることばかりで、戸惑ってばかりだ。それなのに――、だからこそ――、千歳ちゃんのことをもっと知りたい、という気持ちが膨らんでいく感じがする。
たった今、この瞬間も……千歳ちゃんが気になって仕方ない。傍にいたい、と思う。心配だからじゃない。守るためじゃない。ただ、知りたいから……。頼っていいのだ、と言ってくれた――昨日出会ったばかりの『幼馴染』のことを知りたいと思うから……。
「そういうことなら」ふいに、本庄がため息交じりに言うのが聞こえて、「有り難く、受け取るよ」
そっと視界に本庄の手が伸びてきて、俺の手元から花束を取った。
ハッとして顔を上げれば、
「うちの親も喜ぶわ」
困ったような、照れくさそうな、何やら含みをもたせた微苦笑を浮かべて、本庄はガーベラを眺めていた。
色鮮やかに咲き誇るガーベラと、それに負けず劣らず――雅という言葉がしっくりくるような――華やかな印象の本庄。今にも和歌でも詠まんという、平安時代の皇子でも見ているようだ。実に絵になる。
「やはり、本庄は花もよく似合うな」
「いや、だから、そういう気遣いいらないから!?」
かあっとまた顔を赤らめ、本庄はばっと俺に振り返った。
「気遣いなんかじゃなく、事実だ――」
「いいって、だから! そういうのは千早先輩に取っておきなよ」
「千歳ちゃんに……?」はたりとして、ふむ、と顎に手を置き考える。「確かに、千歳ちゃんも花がよく似合いそうだ。本庄は洞察力に長けているな」
「そういうことじゃなくて……」
ガーベラを抱きつつ、がくりと項垂れる本庄。しばらく、唸り声のようなものを上げてから、「とにかく」と気を取り直すように言って顔を上げた。
「花束、ありがとう。いくら? 金払うよ」
「いや、いい! 気にするな。本庄には昨日から多大なるフォローの数々で世話になっているし、親御さんへのせめてもの礼と思って受け取ってくれ」
「え、でも……今から、千早先輩にも花束買うんだろ?」
「大丈夫だ。まりんに幼馴染をクビにされて以来、金を使う機会も特に無かったからな。財布には余裕がある」
「そう……なのか?」
「ああ、そうだ」と自信満々に頷いて、ぴしっと手を挙げる。「それじゃあ、俺は――」
くるりと身を翻し、別れの挨拶もそこそこに走り出していた。
安心して行っておいで――と言った千歳ちゃんのふわりと柔らかな笑みが脳裏をよぎって……やはり、何か沸き立つものを胸の奥に感じていた。体がうずうずとして落ち着かなくて、早く千歳ちゃんの元へ駆けつけたくてたまらなかった。
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