第8話 花束を誰に⑦

「まりん……!」


 何度か、俺とまりんを見比べるようにしてから、真木さんは痺れを切らしたようにまりんの後を追って走り出した。

 やがて、仲良く真木さんと肩を並べて駅へと向かうまりんの後ろ姿を見つめて、やっぱり――まるで体に染み付いた条件反射のように――ホッとする自分がいる。

 まだ、何も解決していないのに。俺は幼馴染をクビになったまま。はっきりしているのは、まりんが俺を完全に嫌っているという事実だけ。なぜ、急に……? いったい、いつから……? ――そんな疑問が渦巻き、困惑と憤りが入り混じる胸の中、それでも……まりんが無事だと分かれば、それだけで何かが安まる感じがする。ほんの少し、肩の力が抜ける。


「白馬くん……は、いいの?」


 ふと、遠慮がちに隣でぽつりと言う声がして、ハッとする。


「追いかけなくていいの?」


 振り返れば、心配そうに俺を見上げ、千歳ちゃんがそう訊ねてきた。

 急かすような感じでもなく、責めるようなそれでもなく。優しく、子供にでも問いかけるような……柔らかな声色だった。


「いや――いいんだ」と自然とそんな答えが漏れていた。「そんなことしても、まりんはきっと嫌がる」


 追いかける――今までだったら、考えるまでもなく取っていたその行動が、今は選択肢として脳裏に浮かぶこともなかった。

 さすがに、もう思い知った。これでもかという程に気付かされた。まりんは、もうそれを望んでいない、と。俺を――『幼馴染』を望んでいない。

  

 ――国矢くんに『幼馴染だ』って言われると、まりん……もう苦しいの! 国矢くんが来ても、まりんは苦しいだけなの! だから、もう来ないで!


 保健室でまりんに言われたあの一言――それが全てなんだろう。

 八年前のあの日から、二度とまりんを一人にしない、と誓って、片時もまりんの傍を離れず、まりんを守ってきた……つもりだった。でも、違っていたんだな。俺はただ、まりんを苦しめていただけだったんだ。

 きりっと胸が締め付けられて、肺が押しつぶされるような息苦しさに襲われた。たまらず、顔を顰め、視線を落とした、そのときだった。「うん――」と唸り声にも似た相槌を打つのが聞こえて、


「でも、白馬くん……?」

「え……」とはたりとして、再び、千歳ちゃんに視線を戻す。「俺は……て?」

「白馬くんは追いかけなくていいの?」


 気遣うような微苦笑を浮かべ、ゆっくりと確認するように訊いてくる千歳ちゃん。

 あれ……? と俺はきょとんとしてしまった。

 なんだ? デジャブ? いや……違うよな。気のせい……じゃないよな。さっきも、千歳ちゃんは同じことを訊いてきて――。


「あの……千歳ちゃん? それ……さっき、答えたつもりだったんだが……」


 聞こえていなかったのかだろうか、と思いつつ、おずおずと言う俺の言葉を「んーん」と千歳ちゃんは遮って、


「私、まだ何も聞けてないよ。白馬くんの気持ち」

「俺の……気持ち?」

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