第7話 花束を誰に⑥
また……。まただ。また、『ただの同中』ときっぱりはっきり容赦無く……!
取りつく島も無い……どころじゃないぞ。もはや、見渡す限り、流氷まみれのオホーツク海だ。まりんのその態度に――明らかな拒絶っぷりに、体の芯まで凍りつき、絶望という名の暗く寒い深淵と沈んでいくよう……。
間違いない、ともう何度とも知れない確信を覚える。やはり――完膚なきまでに嫌われているじゃないか!?
なぜだ……!? と心の中で叫んでいた。なぜ……真木さんは『仲直り』なんていうまやかしの希望を!? オホーツク海で漂う俺に『そのうち、豪華フェリー客船が通りがかるから乗っちゃいなよ』とでも囁くようなものじゃないか!
「御無体な……真木さん!」
ううっと呻き声とともにそう漏らすと、「なんで、私!?」とぎょっとして真木さんは言って、
「ちょっと……まりん!」
思い出したように声を上げ、今にも立ち去らんとするまりんの腕を掴んで引き止めた。
「いい加減にしなよ! 何を意地になってるか知らないけど、幼馴染辞めるだなんだ……て、もうそんな子供みたいなこと言ってられるような状況じゃないから」
「いいの!」と聞く耳持たず、と言った様子でまりんは振り返りもせずにぴしゃりと言う。「これでいいの! これからは、国矢くんは千早先輩の幼馴染として生きていくの! 柑奈ちゃんもそのつもりで生きて!」
「なにそれ? 意味分かんないから」
珍しく、困り果てたような声を漏らしてから、ちらりと真木さんは俺を見やり、
「せめて、花束受け取ってさ……。国矢くん、わざわざあんたのために花束用意して待っててくれたんでしょ。それ、ないがしろにするの良くないよ」
花束――。
ぎくりとして、目を見開く。
しまった……。そういえば、真木さんはこの花束はまりんへのものだ、と勘違いしているんだった。あれよあれよと言う間にタイミングを逃し、すっかりその誤解を解かずに放置してしまっていた。
今更……で、しかも、なんだかものすごく言いづらい空気になってしまっている気もするが――。
「いや、真木さん……実は、これはだな――」
慌てて言いかけた俺の言葉を、「違うよ」と冷静な声が遮った。
「その花束はまりんへのじゃない。『幼馴染』への花束だよ、柑奈ちゃん」
諭すように言って、ゆっくりとまりんは振り返り、ふっと力無く微笑んだ。真木さん――ではなく千歳ちゃんを見つめて……。
「大事にしてくださいね、千早先輩。すごく元気いっぱいで明るく見えて……本当はデリケートなんです、ガーベラ」
それはなんとも穏やかで、清流のせせらぎを思わせる実に澄んだ声色だった。
「え……私?」と隣で千歳ちゃんが戸惑ったように呟き、ちらりとこちらを見る視線を感じた。「そう……なの、白馬くん?」
そう――その通りだ。
まりんの言っていることは全て正しい。まりんの言う通り、この花束は千歳ちゃんへのもので、ガーベラはデリケートな花だ。
それのなのに……なんだろう。千歳ちゃんに、「ああ、そうだ!」と自信をもって答えることができなかった。何かを悟ったような――どこか安堵しているようで、自嘲にも似た、そのまりんの笑みから目を離せなくて……ぞわりと鳩尾の奥で何かが蠢くような胸騒ぎを覚えた。
何かが違う。何かを大きく間違えているような……そんな漠然とした焦燥感を感じていた。見当違いな特急列車にでも乗り込んでしまったかのような気分で……でも、何をどうしたらいいのかも分からず、俺はただ、「失礼します」とぺこりと頭を下げて立ち去るまりんを見つめて立ち尽くすことしかできなかった。
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