第6話 花束を誰に⑤

 あ……と思い出す。そういえば、そうだ。昨日、千歳ちゃんはまりんと会っているんだ。ちゃんと紹介はしていなかったが、質問してきた女の子がホンモノの幼馴染なのだ――とそれだけは外階段で伝えていたんだ。


「私がニセモノだ、てこと……本庄くんは知ってる、てお昼に白馬くんから聞いてたけど――」顎に手をやり、千歳ちゃんはむうっと考え込むような表情を浮かべて呟く。「そうだよね……ホンモノの幼馴染なら、そりゃあバレて当然か」


 それで――と、千歳ちゃんはついと真木さんへと視線をずらす。


「あなたは、そのお友達?」

「親友です」


 どこか威圧的に語気を強めて言って、真木さんは鋭い眼差しで千歳ちゃんを見つめ返した。すると、千歳ちゃんは「ふむ」と何やら合点がいったようにクスリと笑って、


「――話が違うな、白馬くん」

「え、俺……!?」


 なぜ、急に!?


「幼馴染は『クビ』になってるから大丈夫――て話だったはずだけど……」と千歳ちゃんは呆れと憐れみの混じった、憫笑のようなものを浮かべて俺をちろりと見上げた。「この修羅場はなにかな?」

「へ……」


 なんの話だ? 幼馴染は『クビ』になってるから大丈夫? 修羅場って……と一瞬、眉を顰め、すぐにハッとする。

 修羅場――というその響きに、カッと脳裏で閃くものがあった。

 そうだった……。

 昨日の外階段で、千歳ちゃんとまりんの話になって、そのときも千歳ちゃんは『修羅場』という単語を口にしていた。それはあまりに馴染みのない単語で……だからこそ、脳裏に印象深く残ってる。まりんが嫉妬して修羅場になったらどうしよう、と若干ながら興奮気味に心配する千歳ちゃん。そんな千歳ちゃんに俺ははっきりと言い切ったんだ。大丈夫だ、と。まりんは嫉妬なんてしない。俺はまりんに嫌われているから――と。

 でも……これが、その修羅場というやつなのか? 千歳ちゃんが危惧していた通り、俺が取られる――なんて嫉妬をまりんがしていて、だから、真木さんも怒り狂っている? いや、しかし……そんなこと、あり得るのか? 俺を『クビ』にしたのはまりん自身だ。俺ははっきりと迷惑だと言われた。俺に『幼馴染だ』と言われると苦しいんだ、と面と向かって言われた。忘れてほしい、とまで言われたんだぞ? それなのに……そんなまりんが嫉妬なんて――。

 ごくりと生唾を飲み込み、そろりとまりんのほうへと視線を向けようとしたときだった。


「とりあえず」と千歳ちゃんが澄み渡った声を高らかに響かせた。「公道で制服着たまま揉めるのはまずいかな。どこかに場所移して話そうか。皆でウチに来る?」


 皆で……!?

 ぎょっとして千歳ちゃんに視線を戻し、


「い……いいのか、千歳ちゃん!? いきなり、こんな大勢でお邪魔して……?」

「いや、そこじゃないだろ、国矢!?」

「大丈夫だよ、本庄くん。私、一人暮らしだから」

「そこでもありませんよ、会長!?」

「なんで、あんたがそんなに取り乱してんのよ、本庄? いいじゃん。会長のお言葉に甘えて、ここはとことん会長ん家で話聞かせてもらおう」

「真木さんもなんで乗り気なんだ? 明らかにおかしな流れでしょ、これ。てか、少なくとも、俺と真木さんは遠慮するべきだ」

「なんでよ? 皆で、て言ってくれてるんだからいいでしょ」

「そうそう、遠慮しないで。この場にいる皆が納得いくまで話し合いましょう」


 ケロリと千歳ちゃんはそう言ってから、「私は――」とふいに真剣な面持ちになった。その冷静な眼差しを真っ直ぐにまりんへと向けて……。


「白馬くんを困らせるために幼馴染になったわけじゃないから」


 刹那、ハッとまりんが息を呑むのが分かった。

 反射的に目を向ければ、まりんは険しく顔を歪め、どこか怯えたような、今にも泣きそうな……そんな表情を浮かべ、俯いた。そして、「いい……」とぽつりと何かを呟いたかと思うと、


「もう、いいです。話し合うこと……ないです」と絞り出したような声で言って、ばっと顔を上げた。「何も……バレてません。千早先輩をニセモノだなんて思ってません。千早先輩は国矢くんのホンモノの幼馴染です」


 まりん以外の全員が「へ……」と惚けた声を漏らし、唖然とする中、


「まりんは国矢くんの『ただの同中』で……だから、何も話し合うことなんてありません」


 きっぱりそう言い切って、まりんは俺に一瞥もくれず、くるりと身を翻した。



*レビュー数がいつのまにか、100を越えていました。こんなにも大勢の方に評価をいただき、光栄です。ありがとうございます! ☆一つ一つが本当に励みにになります。この場を借りて御礼を申し上げます。

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