第5話 花束を誰に④

 ぎょっとして振り返ると、真木さんが真っ赤な顔で俺を睨みつけ、その隣でまりんも顔を赤くして愕然として俺を見ていた。

 な……なんだ? どうしたんだ? 一気に空気が重くなったような……。


「何してるのか、て……」と戸惑いつつも、ちらりと千歳ちゃんを見やる。「見ての通り、今、偶然、千歳ちゃんに出くわしたところで――」

「そういうことじゃない! 国矢くん、まりんに花束渡したら……そのまま、まっすぐ会長の部屋行こうとしてたわけ!?」


 憤怒の色を濃くし、ただならぬ形相で声を荒らげる真木さん。その勢いに圧され、「すまん!」と土下座しそうになるが……いや――と違和感を覚えて、眉を顰めた。

 『まりんに花束を渡したら』?

 なぜ、まりんに――と疑問に思って、ハッと思い出す。

 そういえば、さっき……この花束の話になって、真木さんは『それ、まりんに?』と訊いてきたんだ。そのあとすぐ、急に『まりんと仲直り』という棚ぼた展開になって、それどころじゃなくなって……すっかり、否定するのを忘れていた。

 そうか、真木さんはこの花束はまりんへのものだと勘違いしているのか。なるほど――と言いたいところだが……だからといって、なぜ、ここまで怒っているのかはさっぱり分からん!

 とりあえず、「ちょっと待て、真木さん!」と俺は慌てて声を上げ、


「どうやら、真木さんは勘違いをしているようだ!」

「何をどう勘違いしてる、ていうんだよ!? まりんに花束渡して仲直りしたら、そのまま、会長と部屋でしようとしてたんでしょ!? まさか……そんなやつだとは思わなかったよ!」

「え、いや……んん!?」


 な……なんなんだ、いったい? なぜ、真木さんはこんな……馬頭観音の如く怒り狂っているんだ? まりんと仲直りして千歳ちゃんと仲良く……なんて、そんなこと可能だとさえ思ってもいなかったし、無論、試みるつもりもなかった。そりゃあ、まりんとも千歳ちゃんとも仲良くできれば、理想的――だと思うのだが……なんだ? 気のせいか、真木さんの口ぶりだと、まるでそれが悪いことのような……。


「真木さん、少し落ち着いて。国矢の話も聞いて――」


 一歩踏み出し、そう宥めるように声をかける本庄に目もくれず、真木さんは捲くし立てるように続ける。


「いきなり、会長と『幼馴染ごっこ』なんて始めて……そんな当てつけみたいなことするなんて最低だ、て見損なったけどさ、まりんを心配して保健室に駆け出していくとこ見て、きっと何かワケがあるんだ、て思ったんだよ。が、ちょっと喧嘩したから、て、まりんを傷つけるようなことするわけない、て……思い直した。言いすぎたな、て反省して……ちゃんと謝ろう、て思ってたのに」


 それなのに――と真木さんは苦しげに顔を歪ませ、きっと千歳ちゃんを睨みつけた。


「結局、こんな美人に誘われたら、ほいほいついて行って、やることやっちゃうわけ!? ――てか、会長も会長ですよ! 何考えてるんですか!?」

「柑奈ちゃん……!」


 我に返ったようにハッとして声を上げたまりんに、真木さんは厳しい一瞥をくれ、すぐに千歳ちゃんに視線を戻した。


「幼馴染のフリなんてして、楽しいんですか!?」


 叱責にも近い、そんな問いが辺りに響き渡って――そのときになって、真木さんの怒りの矛先が俺ではなくて千歳ちゃんに移っていることに気づいた。そして、なぜだ? と困惑した。なんで……真木さんは千歳ちゃんを責めているんだ? 俺に怒ってたんじゃなかったのか?

 よく分からないが……とにかく、千歳ちゃんだ。


「真木さん、なんで、千歳ちゃんにそんなこと――!」


 千歳ちゃんを庇うように背にして、そう言いかけたときだった。

 

「うん、すっごく楽しい」


 ぱあっと晴れやかな明るい声が背後でして、その場の全員が「え……」と呆気に取られて固まった。


「楽しくなきゃ、するわけないでしょう。幼馴染のフリなんて」


 クスクス笑ってそう言いながら、千歳ちゃんは俺の隣に出てきて、


「んー……なるほど」と腰に手をあてがい、一人納得したようにため息吐いて呟く。「なーんとなく状況が呑み込めてきたぞ」


 なんだと……!? 俺もまだよく呑み込めていないのに!?

 ぎょっとする俺をよそに、千歳ちゃんは気を取り直すように冷静な笑みを浮かべ、


「あなた……昨日の子だよね」と小首を傾げながら、まりんを見つめて言った。「昨日、廊下で転びそうになってた一年生。私と白馬くんが知り合いなのか、て質問してきた子。――つまり、ホンモノの白馬くんの幼馴染」

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