第4話 花束を誰に③
「うぁちょ、国矢!」と本庄が今日一番の素っ頓狂な声を上げ、俺の肩をがしっと掴んできた。「俺……その……忘れ物したみたいだ!」
「忘れ物……?」
振り返ると、本庄は焦りすら感じさせる切羽詰まった表情で、「そう……す……スマホ!」と力強く何度も頷いた。
「花屋かなぁ? 一緒に取りに行ってくれないか?」
「それは大変だな!? ちょっと待ってろ!」
「『待ってろ』!?」
「今、花屋に電話して、スマホが無いか確認してもらおう」
「え!? いや、そんなことはしなくても……てか、しないで!?」
「しないでって……なんでだ? 落とした場所に見当がついているのなら、連絡してみるのが常套手段だぞ。花屋のおばさんだって、きっと快く協力してくれるはずだ」
「そういうところは、ほんと驚くほど常識的だよな!? って、そんなことより……とにかく、今はすぐにでも花屋に行きたいっていうか――」
「安心しろ、本庄! 俺が必ず見つけてやる! 大丈夫だ」
よっぽどスマホが心配なんだろう、「大丈夫じゃないんだって」とあたふたと取り乱す本庄にグッと親指を立てて見せ、俺はブレザーのポケットからスマホを取り出し、花屋の電話番号を検索しようとした……のだが、
「はーくまくーん!」
高らかに歌うようなそんな声が辺りに木霊し、ぴたりと手が止まる。「あぁ、遅かった……」と本庄がため息交じりにぼそっと呟くのが聞こえた……気がした。
この声は、間違いなく――いや、しかし、なぜ? なぜ、彼女がここに? 待ち合わせは……マンションの住所は、学校のすぐ裏で、駅とは逆方向だったはず。
困惑しつつも振り返れば、ひらひらと手を振りながら、軽やかな足取りで横断歩道を渡ってくる人物が。
右へ左へ、とぴょんぴょんと無邪気に弾むポニーテール。Tシャツとジーンズというラフな格好も様になる、すらりと長くほっそりとした手足に引き締まったスタイル。カリスマというやつだろうか――彼女の周りだけ、煌々とした光が差し込んでいるようにさえ見え、彼女が歩くだけで、たちまち、ただの横断歩道がランウェイへと変わるよう。その姿に、周りを歩く通行人も皆、振り返って、顔を紅潮させているのが遠目からでも分かった。
「千歳……ちゃん」
茫然と呟いたその声は、「千早先輩……」とわずかに聞こえたまりんの掠れた声と重なった。
「やっぱり、白馬くんだった! 背が高いから、遠くからでもすぐ分かったよ」
横断歩道を渡り終え、興奮気味に駆け寄ってきた千歳ちゃんは、赤らんだ顔を両手で包み、「こんなところで出くわしちゃうなんて、やっぱり『幼馴染』の絆の力だね。運命感じちゃうな」と恍惚とした表情でしみじみと呟く。
『幼馴染の絆』に『運命』……か。そういえば、昨日もそんなことを千歳ちゃんは言っていたな――なんて思い出しつつ、
「どうしたんだ、千歳ちゃん? 家はこっちのほうじゃないだろ?」
「それはもちろん準備だよ」んふふ、と千歳ちゃんは得意げに微笑み、腰に手をあてがう。「せっかく、白馬くんがうちに来てくれるんだもん。白馬くんも男の子だし、女の子の部屋に来るなら、当然、期待してるだろうな、て思って。幼馴染として、ちゃーんと白馬くんの期待に応えられるよう、しっかり準備しとかないとね」
期待……? なんの期待だ? 俺は今まで、まりんの部屋に行くのに何も期待したことはないんだが……。
まあ、確かに――中学に入ってすぐくらいの頃だっただろうか――アポ無しでまりんの部屋に押しかけ、『女の子にはいろいろ準備があるんだよ!』と寝起きのまりんに怒られ、追い返されたこともあったな。千歳ちゃんも女の子。いろいろ……あるんだろう。
「それで……白馬くんは?」とふいに訝しげに表情を曇らせ、千歳ちゃんは遠慮がちに小首を傾げた。「こんな道端で何してるの? 花束持って……お友達と立ち話?」
「ああ、実は……」
千歳ちゃんへの手土産に花束を買って、まりんの見送りだけしようと駅前に来てみたら、ばったりとまりんと出くわしたんだ――という旨を伝えようとしたのだが、
「ほんっと……何してんの、国矢くん!?」
怒号というにふさわしい、空気を震わすような真木さんのがなり声が飛んできた。
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