第25話 幼馴染の営み②
脳裏をよぎったのは、一時限目の前、本庄と交わした会話。体操服に着替え、運動場へと向かう間、本庄が明かしてくれた。クラスのグループチャットなるものがあること、そこで俺と千歳ちゃんが抱き合っている写真が出回っていることを――。
俺としたことが……。
まりんに記憶喪失になってほしいと言われ、すっかり気が動転して……千歳ちゃんの盗撮写真の件を忘れてしまっていた。
「千歳ちゃん!」ばっと千歳ちゃんに顔を向き直し、「実は――」
かくかくしかじか……と、本庄にフォローしてもらいつつ、声を潜めて事の経緯を説明。一部始終、千歳ちゃんは「ふむふむ」といった具合に神妙な面持ちで聞いてから、
「とりあえず、その写真、見せてくれる?」
ふっと冷静な笑みを浮かべて、本庄に手を差し出した。
「ああ……そうですね」ハッとして、本庄はスマホを取り出し、ささっと操作してから千歳ちゃんに手渡す。「一応、クラスのチャットで回ってきたのは、この写真です」
「どれどれ」
ちゃっと眼鏡をかけ直しつつ、千歳ちゃんは本庄から受け取ったスマホの画面を食い入るように見つめた。
「なるほど……よく撮れてる。これは欲し――」と何かを言いかけてから、千歳ちゃんは慌てたように咳払いし、「これは、けしからんですな」
「『けしからんですな』?」
急に妙な口調になった千歳ちゃんに、俺と本庄の声が重なった。
「角度的に廊下側の席の生徒ね?」
一瞬、へにゃりとだらしなく口許が緩んだように見えたのだが……顔を上げた千歳ちゃんの表情はきりっと凛々しいものに変わっていた。生徒会長のそれだ――。
「一応、送ってきた奴が誰かも分かってますけど……」
気の進まない様子でそう言った本庄に、「そこまではいい」と千歳ちゃんはすっと手を上げて制した。「――今は」と意味深に付け加え、ちらりと俺に視線を向けると、
「白馬くんはどうしたい?」
「俺……!?」
急に話を振られ、ぎょっとしてしまった。
「なんで、俺……?」
目をパチクリさせながらそう訊き返すと、千歳ちゃんは深刻そうな面持ちになって、「当然でしょ」とスマホの画面を俺に見せてきた。
「私だけじゃなくて、白馬くんだって写ってるんだから。――というか、白馬くんのほうが顔まではっきり写っちゃってる」
そうなのか……と思って、ふいに気づく。そういえば、俺は実際に写真までは見ていなかった。本庄にそういった写真がある、というのを聞いただけで……。
いったい、どんな写真なんだろうか――とまじまじとスマホの画面を見てみれば、確かに廊下側から撮られたのだろう、千歳ちゃんの斜め後ろからのアングルで、俺が千歳ちゃんを抱きしめているところがそこに映し出されていた。
しっかりと千歳ちゃんの背中に手を回し、我ながらいかめしいほどに真剣な表情を浮かべる自分の姿を見るのは、なかなかに恥ずかしいものがあるが……。
「ああ、本当だ」と思わず、呟いていた。「千歳ちゃんの顔は写っていないんだな」
俺が覆い隠す形になって、写真の中で見える千歳ちゃんの姿と言えば、ほんの一部。ぱっと見では、俺がうちの女子生徒の誰かを抱き締めていることくらいしか分からない。輝くようなその艶やかな黒髮ロングヘアーは目を引くが……仮にもし、この写真がネットに出回ったとして、特定されるのは俺だけだろう。
それならば――。
「良かった」
一気に肩から力が抜け、安堵のため息が漏れていた。
「『良かった』って……」と千歳ちゃんは怪訝そうな表情を浮かべ、俺の顔を覗き込んでくる。「白馬くんは……これ、良いの? 大丈夫?」
「千歳ちゃんは?」
すかさず、そう切り返すと、千歳ちゃんは「え」と目を丸くしてから、
「私は……後ろ姿だけだし。白馬くんが気にしないなら、別に良い」
「俺も千歳ちゃんが気にしないなら良い」
「そう……なの?」
胸元まで垂れるお下げ髪を揺らしつつ、くんと小首を傾げ、しばらく何やら考えるような間も置いて、
「じゃあ、いっか!」
ぱあっと輝かんばかりの笑みを浮かべて、清々しく千歳ちゃんは言い放った。
「いいの!?」
ぎょっとして声を上げた本庄に、「ありがとう、本庄くん」と千歳ちゃんはスマホを返し、
「私の方で、他にこういう写真が回ってないか調べてみるけど……この写真に関しては、もう放っといていい。白馬くんも気にしない、て言ってくれてるし……正直、こうして出回っちゃった以上、ただの生徒会長である私にできることは何もない。せいぜい、『盗撮はダメ』って忠告することくらいだけど……その辺はもう、本庄くんがチャットで注意してくれた、てさっきも言ってたし」
「まあ、したことはしましたけど……」
千歳ちゃんからスマホを受け取りつつ、まだ納得いかないといった様子で渋い表情を浮かべる本庄に、千歳ちゃんは気遣うような微苦笑を浮かべた。
「狸寝入りみたいで後味は悪いけど……白馬くんみたいに、『気にしない』――というのが、こういう場合の最適解なんだと思う。日本語で『スルースキル』……て言うんだっけ? それこそ、これからの時代、私たちが身につけていくべきサバイバルスキルね」
まるで本庄を慰めるかのような柔らかな口調でそこまで言って、「ただ……」と千歳ちゃんはふと表情を曇らせた。
「防げたこと……ではあるよね」物憂げにぽつりとそう呟き、千歳ちゃんは「うーん」と腕を組んだ。「幼馴染とはいえ、堂々と人前で抱きつくのはまずかったか。これからは気をつけないと」
確かに……と自然に眉間に力がこもる。
「俺も軽はずみだった。むやみに注目を浴びるようなことは今後は控えよう」
「――うん」と千歳ちゃんは満足げに頷き、「じゃ、さっきの続きも一応、ここではやめとこうか」
そうだな――と俺も頷きかけて、ハッとする。
ここでは……?
「二人きり……なら、どんなことしても問題ないよね?」
千歳ちゃんは眼鏡のレンズの奥でひっそり瞳を輝かせ、クスリと悪戯っぽく笑って言った。
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