第22話 ホンモノ①

 そうして千歳ちゃんに手を引かれるままに連れて来られたのは、昨日と同じ、外階段だった。

 南中に差し掛かった太陽の陽が燦々と無遠慮なまでに注ぎ込む中、


「大丈夫、白馬くん!?」


 俺と手を繋いだまま、ばっと千歳ちゃんは振り返り、険しい表情でいきなりそう訊いてきた。

 だ……大丈夫、とは?


「何がだ、千歳ちゃん?」


 目をぱちくりさせながら訊き返すと、「ごめん」と千歳ちゃんは眉間を揉みながらため息吐く。


「調子に乗った。白馬くんの気持ちも考えずに……暴走しちゃった」

「俺の気持ち?」

「偽物失格――だな、私」


 少し自嘲気味に笑って、千歳ちゃんはどこか切なげな眼差しで俺を見つめ、


「幼馴染に、そんな顔させちゃダメだよね」


 そんな顔って、どんな顔だ?


「ちょ……ちょっと待て、千歳ちゃん!? 俺はもともと、こういう顔立ちで……千歳ちゃんのせいで、厳つくなったわけじゃないぞ!?」


 慌てて自分の顔を指差し、そう言うと、「へ」と千歳ちゃんはきょとんとしてから、微苦笑を浮かべた。


「顔立ちじゃなくて、顔つき――かな」


 顔……つき? 表情……ということか?


「そんな……変な顔をしていたか?」

「んーん」ゆっくりと首を横に振り、千歳ちゃんは俺の手をそっと離した。「ずっと、困った顔してる」

「困った顔?」


 そう……なのか? 俺は、ずっと困った顔をしていたのか?

 言われてみれば、確かに……突然、千歳ちゃんが現れるや、教室中がよく分からないテンションに包まれ、困惑はしていたが。千歳ちゃんを心配させるほど、それが顔に出ていたということか?

 不覚だ――! 

 きっと顔を引き締め、『大丈夫だぞ、千歳ちゃん!』と大口開けて言おうとした、そのときだった。


「やっぱり、恋しくなっちゃったか。ホンモノが……」


 くるりと俺に背を向け、手すりによりかかりながら、千歳ちゃんはぽつりと呟いた。

 ホンモノ……?

 ホンモノって、もしかしなくても、まりんのこと……だよな?


「急に、なんの話だ? 恋しくなった、て……」

「さっきの……大好きだ――て、ホンモノの幼馴染のこと、だよね」


 その瞬間、脳天に雷でも落ちてきたかのような衝撃を覚えて、ハッと目を見開いた。

 今更、唐突に気づく。さっき、教室で『幼馴染が恋しいのか』と訊いてきたハンカチ三人組と、俺との間に生じていた食い違い――俺たちの『幼馴染』が指す人物は別人だった、ということを……。

 そりゃ、そうだ。冷静になれば分かることだ。まだ入学して二日。彼女たちは――いや、本庄以外のクラスメイトは(すごい美少女がいた、と騒いでいた輩はいたが)まりんの存在さえ知らないんだ。まりんが俺の幼馴染だったことはおろか、同中だということさえ、皆、知らないだろう。

 今、クラスで……いや、高校ここで、俺の『幼馴染』と言えば、同中だった本庄や真木さん以外――つまりは十中八九、皆、千歳ちゃんを思い浮かべるんだ。


 そして、千歳ちゃんは……千歳ちゃんは、あの場でその食い違いに気づいていた。気づいていて、『大好きだよ』と話を合わせていたんだ――。


 心臓をきゅうっと絞られるような痛みが胸を突き抜け、


「違うぞ!」気づけば、ぐっと千歳ちゃんに歩み寄り、そう力強く言い放っていた。「『大好きだ』と言ったのは、千歳ちゃんのことで……!」


 すると、千歳ちゃんはくるりとこちらに体を向き直し、クスリと笑った。


「だから……」とため息交じりに言って、俺の頰に手を伸ばすと、きゅっと優しく抓り、「そんな顔させたくないんだ、てば」

「え……」


 そんな顔って……俺は、また、顔芸を……!?


「白馬くんは本当に優しいね。優しい嘘吐きだ。――そういうとこも好き……だけど」


 『好き』――聞き逃しそうなほどか細く、ぽろりと千歳ちゃんが零したその言葉に気を取られた、次の瞬間、


「ねえ、白馬くん」


 俺の頰からするりと手を離し、千歳ちゃんは静かな笑みを浮かべて言った。


「辞めてもいいよ。私の幼馴染」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る