第21話 幼馴染の昼休み③

 ハッとして振り返れば、


「一緒に昼食べよう、て誘おうと思ったんだけど……」


 まさに柳眉と呼ぶにふさわしい――形の良い眉を顰め、訝しそうに俺と千歳ちゃんを見比べるイケメンが。その手には、購買で何か買ってきたのだろう、レジ袋が提げられている。


「おお、本庄!」

「ほんじょう……?」


 不思議そうに呟きながら、千歳ちゃんも振り返り、


「あ、君……!」と本庄の姿を映しこんだ眼鏡のレンズの奥で、瞳をキラリと輝かせる。「昨日、廊下で白馬くんと一緒にいた――」

「同中の本庄だ、千歳ちゃん」

「同中なんだ!」


 へえ、と感嘆にも似た声を漏らし、千歳ちゃんはすっと本庄に右手を差し出した。


「白馬くんの……お、お……おしゃななじみの千早ですぅ。以後、お見知り置きを」


 ぽっと頰を赤らめ、照れ照れふにゃふにゃになりながら言う千歳ちゃんに、本庄は「はあ」と何やら苦い笑みを漏らして、その手を取った。


「本庄明生です。どうも」


 向かい合って、握手を交わす二人。美男美女ということも相まって、まるで映画のワンシーンのよう……て、そういえば、自己紹介で握手というのは、珍しいというか、欧米っぽいというか――。

 ああ、そっか。千歳ちゃんはアメリカ育ちだったな――なんて、今更ながらに実感して、つい、まじまじと千歳ちゃんの横顔を見つめてしまった。

 不思議な感じだった。こんな風に自己紹介をするのか、とそれくらいでも驚くなんて。思えば、俺は千歳ちゃんのことをまだ良く知らない。幼馴染失格だ……と思うが、なんだろう、不安はない。それよりも、キラキラと輝くようなものを胸の奥で感じていた。今まで――まりんの傍にいたときは、『知らない』なんて恐怖でしかなかったのに……。


「ん――?」とふいに、千歳ちゃんの瞳がこちらに向けられ、「どうしたの? じっと見つめて?」

「ああ、いや……」

 

 ハッとして口ごもる俺に代わって、


「嫉妬ですよー!」と横からぬっと顔を覗かせ、ハンカチの子が答えた。「会長が他の男の子と手なんて繋いでるから〜」


 そうなのか!? って……違うぞ!


「そういうわけでは……!」


 言いかけた俺の言葉を「そっか!」と千歳ちゃんの弾んだ声が遮った。


「手を繋いでいいのは、恋人か幼馴染――が日本の常識! ごめん、本庄くん!」


 焦ったように本庄の手をぱっと離して謝ると、千歳ちゃんはこちらに振り返り、


「じゃあ、行こっか。白馬くん」


 行く!? とぎょっとする間もなく、するりと手の中に滑り込んでくるものがあった。柔らかくスベスベとして、まるで絹のような肌触り。

 え――と思ったときには、千歳ちゃんはぎゅっと指まで絡み付け、俺の手を握り、颯爽と歩き出していた。


「ち……千歳ちゃん……!?」


 いったい、どこに行くんだ? 昼飯を一緒においしく食べるんじゃ……!? と困惑する俺をよそに、千歳ちゃんは振り返りもせず、ぐいぐいと俺の手を引き、教室の外へと向かっていく。熱狂とも言うべき、沸き立つクラスメイトの声援を背に……。

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