第19話 幼馴染の昼休み①
――少なくとも……嫌ってるようには、とてもじゃないけど見えなかったよ。
一時限目の前、本庄はそう言っていたが……その言葉に、『
否、本庄。ものっそい、嫌われているぞ!
四時限目が終わり、辺りに弁当の香りが漂い始めた教室で、俺は机に頬杖ついて、はあ、と――もう何度目とも知らない――重いため息を吐いた。
幼馴染失格宣告を受けたときでさえ、晴天の霹靂だったというのに。まさか、記憶喪失願いを出されるなんて。人類史においても、前代未聞ではないだろうか。果たして、ここまで人は嫌われることができるのだろうか。
――国矢くんに『幼馴染だ』って言われると、まりん……もう苦しいの!
今朝、保健室で言われたその一言が脳裏によぎり、ズキリと胸に鋭い痛みが走る。
あの後すぐに養護教諭が現れ、「なんだ、君は!?」と不審者のように問いただされた俺は逃げるように保健室を出た。とはいえ……清々しく身体を動かす気分にもなれず、結局、入学したてで慣れない校舎の中をふらりと彷徨うようにして行き着いたのは、昨日、千歳ちゃんと過ごした外階段の踊り場だった。そこでぼうっと空を眺めて、思い返していた。まりんと過ごした十年間――まりんに忘れてほしいと言われた記憶を……。
まりんと出会ったあの日から、俺はまりんとずっと一緒だった。頭の中は常にまりんのことでいっぱいで、俺の人生の中心はまりんだった。もはや衛星のごとく、俺はまりんの周りをグルグルと回って生きてきた。これまでの俺の十年間は、まりんの、まりんによる、まりんのための人生だったと言っていい。
それなのに――幼馴染として、使命を果たしてきたつもりだったのに――いったい、どこで間違った? いったい、いつから、まりんに嫌われていた? もしかして、八年前のあのときから? あのとき、『いいんだよ』と言ってくれたまりんは、本当は俺を赦していなくて……ずっと恨んでいたんだろうか?
無論、そんなことをいくら考えようと答えなど出るはずもない。
それでも――考えずにはいられなかった。
一時限目も終わり、教室に戻ってからも、袋小路の中を彷徨うように延々と同じことを考え続けた。グリグリとナイフで胸を抉られるような痛みを覚えながら……。
そんなとき、
「王子!」
突然、鼓膜に突き刺さるような高らかな声が飛んできて、ぎょっとして振り返ると、
「ずっと暗い顔してるけど、ど〜したの?」
にぱっと微笑み、そう問いかけてきたのは、クラスの女子だった。名前はまだ覚えていないが、その顔にははっきりと見覚えがある。今朝、ハンカチを落とした子だ。
「授業中も、頬杖ついて黄昏てたよね」
「うん、うん! なーんか寂しそうだったよね」
合いの手でも入れるようにそう続けたのは、ハンカチの子の両サイドに控える女子二人。やはり、どちらも今朝のハンカチの一件のときに見た顔だ。三人揃って明るい髪色で華やかな印象。教育現場に対する何らかの抗議活動なのだろうか、と思うようなスカート丈で、絶妙にブレザーの制服を着崩し、「ねー!」とぴたりと息を合わせて相槌打つ様は、まるで、どこぞのアイドルグループかのよう。
今朝、ほんの少し話しただけだというのに。俺の様子が変だと気づいて、わざわざ心配して声をかけに来てくれたのか――と感動しかけた……のだが。心配しているような言葉とは裏腹に、その顔はホクホクと血色良く艶めき、俺を見つめる目は爛々と輝いて……。
なんだ? まるで、何かを期待してるような……?
「もしかして……」ふいに、勿体振るように、真ん中のハンカチの子がゆっくりと口を開き、「幼馴染が恋しい、とか?」
どこからともなく飛んできた小型の隕石に、ズギャンと胸を撃ち抜かれたようだった。
俺は思わず、立ち上がって、
「分かるのか!?」
まさか、これが女の勘というやつなのか!? 俺が暗い顔をしていたというだけで、そこまで見抜いてしまうなんて!
愕然とする俺に、「やっぱりそうなんだ〜!」と、三人は口を揃えて言って、きゃあ、と甲高い歓声を上げた。
「王子、分かりやすーい! バレバレだよ〜」
「バレバレなのか!?」
「顔に書いてあるもん」
「顔に!? 死相のような……!?」
「もお〜、ほんの数時間会えない、てだけで、そんなに落ち込んじゃうなんて。どんだけ、会いたいのー!? 大好きすぎ〜!」
大好き――。
パッと脳裏に眩い閃光が走ったような感覚があって、一瞬にして真っ白になった思考の中、ぼんやりと浮かび上がったのはまりんの笑顔だった。もう色褪せた記憶……だが、はっきりと覚えている。会ってまだ間もない頃、幼い顔いっぱいに弾けんばかりの笑みを広げ、まりんはよく楽しそうに笑っていた。
そういえば……あの頃も、俺といると苦しくなる、とまりんに言われたことがあった。俺といると、笑いすぎて苦しくなる――と。
『そんなハクちゃんが、まりんは大好きだよ』
いつの記憶だろう。朧げだが……その声ははっきりと残っている。しっかりと胸に刻まれている。嬉しかった気持ちとともに。
やっぱり……消したくない、と思う。
「ああ――大好きだ」
ぽろりと、無意識にそんな言葉が溢れていた。
その瞬間、どん、と急に斜め後ろから何かが背中に突っ込んできて、「うお!?」と俺はその場でよろめいた。何だ!? と振り返る間もなく、するりと腹に巻きついてくるものがあって。それが腕だと気づいたときには、すっかりバッグドロップ寸前の体勢に。
え、なんでだ? なんで、いきなり、バッグドロップ!? とパニクる俺の耳に、
「私も大好きだよ」
と、歌うような声が流れ込んできた。
ハッとして振り返れば、
「ごめんね。また盗み聞きしちゃった」俺の背中に抱きつきながら、黒縁メガネにおさげ髪の女の子がひょこっと顔を覗かせてきて、クスリと笑った。「私も……白馬くん恋しすぎて、来ちゃった」
しばらくぽかんとして、
「え……あ、千歳ちゃん!?」
ぎょっとして上げたその声は、きゃあー、と上がったハンカチ三人組の歓喜の声にかき消された。
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