第18話 いいんだよ④

 打ち拉がられたようなその声は痛ましいほどに力無く、がくりと項垂れるように頭を下げるその姿はなんとも寂しげで。

 罪悪感が一気にこみ上げてきた。

 フリかどうかは分からないけど……本当に信じているかどうかは定かじゃないが……それでも、これ以上、まりんに嘘を吐いてはいたくない、と思った。


「まりん!」と身を乗り出し、俺は力強くまりんを見つめ、「千歳ちゃ……千早先輩のことだが、幼馴染だというのは――」

「いいの!」


 ばっと顔を上げ、まりんは慌てたように俺の言葉を遮った。


「まりんに何も言わなくていい! もう、国矢くんとまりんは幼馴染じゃないんだから! 国矢くんは、まりんのこと気にしなくていいの」

「なっ……」


 また……だ。また、『幼馴染じゃない』と、そんなにもきっぱりと……。ああ、ダメだ。何度、聞いても、破壊力が半端ない。そのセリフを聞くたび、魂を鉋で削れられていくようだ……。

 くらりと目眩を覚える。

 めげそうになる――のを必死に堪え、


「だからな、まりん!」とむんと眉間に力を込めて、腹から声を絞り出す。「さっきも言ったが……まりんがなんと言おうと、まりんは俺の幼馴染だ! それは何があっても変わらない! だから――」

「もう苦しいの!」


 まるで、泣き叫ぶようなまりんの声が保健室に木霊した。

 ぎゅっと真っ白な布団を握りしめ、俺を縋るような眼差しで見つめるまりん。息は浅く荒々しく乱れ、夕陽に染まったように紅潮した顔には、確かに苦しげな表情が浮かんでいて……。

 まさか――とハッとする。


「苦しいって……発作か、まりん!?」

「違うよ! そうじゃないの! ――国矢くんだよ!」

「俺……!?」

「国矢くんに『幼馴染だ』って言われると、まりん……もう苦しいの! 国矢くんが来ても、まりんは苦しいだけなの! だから、もう来ないで!」


 な……なんだって……!?

 切れ味の良い日本刀でばっさり身体を一刀両断にでもされたような――、令和の世に辻斬りにでもあったような――、そんな衝撃だった。

 思考も止まり、心臓さえも止まってしまったかのようだった。言葉も出ず、愕然としていると、


「もういいの」


 まりんは深く息を吐き、やんわりと言った。


「もう……いいんだよ、国矢くん」


 真っ白なベッドの上、ちょこんと座って微笑むまりんの姿は、八年前のあのときのようで……。あのとき――二度とまりんの傍を離れるまい、と誓ったあのときも、まりんはこうして切なげに微笑み、『いいんだよ』と俺に言ったから……。

 デジャブとは程遠い、鋭い痛みを心臓のすぐ近くに覚え、顔をしかめる俺に、まりんは「まりん、分かってるから」とやはりあのときと同じく、慰めるような声色で続けた。


「だから……まりんのことは忘れて」


 忘れて――?

 ちょうど、運動場のほうから、何かの終わりを告げるような……高らかに鳴るホイッスルの音が聞こえた。

 俺は息をすることもできず、ただ、呆然と固まってまりんを見つめていた。

 忘れて……て、なんだ? どういう意味だ? まさか、記憶喪失願い……? もはや、『ただの同中』に降格どころじゃなく……記憶からも消してくれ、ということか!?

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