第12話 向かうべき人②
「まりんが……俺のクラスに?」
「心配してたよ」
まるで慰めるような声色で言って、本庄は階段を降り始めた。
「廊下で、会長と話している国矢の様子が変だったから、て……気になって、国矢の様子を見に来たみたいだ。国矢はどこか訊かれたから、腹痛で早退した、て言ったら驚いてた」
「そう……だったのか」
本庄の背中を追うように俺も階段を降りながら、思い出していた。今朝のまりんのこと――。
確かに、腹痛で俺が早退した、と本庄から聞いたとまりんは言っていたが……そうか。わざわざ、心配してクラスまで様子を見に来てくれたのか。
つい、眉間に力がこもった。
まりん、相談乗るから――むん、と精一杯凛々しい顔して言ったまりんの姿が脳裏をよぎった。
「高良さんさ」しばらく無言で階段を降りてから、おもむろに本庄は口火を切る。「国矢が腹痛なんてありえない――て、すぐズバリと言い当てたよ」
「え……」
ハッとして見た先で、本庄は呆れと憐れみの混じったような微笑を浮かべていた。
「高良さんには、昨日今日、国矢とクラスメイトになった俺の嘘なんて通用しない、てことだね。『ハクちゃんがお腹を壊したりするわけない。盲腸だったらどうしよう』って真っ青な顔して帰って行ってさ。さすが、幼馴染だな、て思ったよ」
本庄はしみじみと言って、一階にひょいっと降りた。
「国矢のことを誰よりも分かっているのは高良さんで、国矢に何かあれば、高良さんだって放っとけないんだ。
口では、クビだ、とか言っても、やっぱり『幼馴染』は『幼馴染』。それって、たった一言で終わるような関係じゃないだろ。恋人とかと違ってさ」
恋人――なんとも俺には馴染みのない単語だ。正直、それがどういう関係を言うのか――何をもって『終わり』となる関係なのか――俺にはよく分からんが。ただ、それでも……本庄の言わんとしていることは分かった。
俺とまりんは幼馴染で。頭の片隅にはいつもまりんがいる。物心ついたときから、ずっとそうだった。体に染み付いた習性のように俺はまりんのことを考えるし、会って元気な姿を見ればホッとする。『幼馴染失格』を言い渡されてからも、今朝、まりんの元から逃げるように去った後も、それは変わらなかった。これからも、ずっと変わることはないんだろう、と思う。
でも、まさか……まりんもそうなのか?
俺と同じように、まりんも俺のことを気にかけてくれているんだろうか。今までも、そして、『ただの同中』になってからも……。
考えたこともないことで……面食らった。なんと返していいかも分からず、俺は「ああ……」と曖昧に相槌打って一階に降りた。
そんな俺にフッと穏やかな微笑を向け、
「少なくとも……嫌ってるようには、とてもじゃないけど見えなかったよ」
静かながら力強く――まるで励ますように本庄はそう続けた。
「そもそも、嫌いな奴のことを心配したりもしないでしょ」
「そういう……もんか」
「ああ……国矢は『嫌いな奴』とかいなさそうだな」
本庄はククッと笑って、昇降口へと向かって歩き出す。
「千早先輩とのことは……もう俺は何も言わないよ。千早先輩のために躊躇なく頭下げた国矢見て、正直、格好良いと思っちゃったしさ」
「いや、本庄のほうが格好良いぞ」
「なに、その気遣い!?」
ぎょっとして振り返ってから、「律儀というか、なんというか……」と本庄はなぜか疲れたように溜息吐いた。
「とにかく、俺が言いたいのは――」
昇降口にたどり着き、靴を履き替えながら、本庄は改まってそう切り出し、
「今、国矢が向かうべきは、千早先輩じゃなくて高良さんだ、てこと。話せる範囲でいいから、千早先輩とのこと、国矢は高良さんにちゃんと説明すべきだ。知らないうちに、自分の幼馴染が他の人の幼馴染になってたら、ワケ分かんないし、やっぱ……厭でしょ」
「厭……か」
「それにな……」運動靴を履き終えると、本庄は顔を上げ、急に声を低くして言う。「あの写真、きっと、あっという間に一年の間に広がる。もう広がってるかもしれない。高良さんはもちろんだけど、他の同中の目にも入る。早めに高良さんに筋を通しておかないと――」
神妙な面持ちでじっと俺を見据え、まるで怪談話でもするようなトーンで続ける本庄。不穏な雰囲気漂うその語りに聞き入っていた、そのときだった。
「国矢白馬!」
背後から、矢の如く鋭い声が飛んできた。
ハッとして振り返ると、
「あんた……どういうつもり!?」
そこに――昇降口の奥に立っていたのは、俺らと同じ水色のジャージを着た黒髪ボブの女子生徒。目鼻立ちのはっきりとした顔には、くっきりと怒りの色が浮かび、その目は鋭い眼光を放って俺を睨みつけている。
ただならぬ雰囲気だ。
「どうしたんだ……真木さん?」
ぽかんとしてそう訊ねた瞬間、「あ、国矢!」と慌てる本庄の声がして、
「『どうした』じゃねぇよ!」
くわっと目を見開き、真木さんは凄まじい剣幕で俺に詰め寄ってきた。
「見損なったよ! まりんへの当てつけか!? 幼馴染を辞めさせられた仕返しのつもりかよ!?」
怒号を響かせ、真木さんは俺の胸ぐらをぐいっと掴み、
「私は、忠犬になれ、て言ったんだ。狂犬になれ、とは言ってねぇよ! まりんに噛み付いて、どうすんだ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます