第11話 向かうべき人①

「結構、撮ってる奴、いたよ」


 辟易とした様子で言って、本庄はさらりと髪をかきあげる。


「シャッター音消すアプリもあるし……」

「そう……なのか」


 ずしり、と胸が押しつぶされるような感覚に息が詰まった。

 俺と千歳ちゃんが抱き合っている写真――まさか、そんなものを撮って、SNSで回すような輩がいるなんて。いったい、何が目的なんだ?


「そんな写真が出回って……千歳ちゃん、大丈夫だろうか……」


 幼馴染として、千歳ちゃんを守ろう、と覚悟を決めたはずなのに。不用意に公衆の面前で千歳ちゃんを抱き締めてしまったばかりに……。もっと警戒すべきだった。易々と写真を撮られるなんて。大失態だ。いっそのこと、千歳ちゃんを抱きかかえ、写真に収められてもブレまくる速度で連れ出すべきだった。いや、そもそも、荻先輩が来た時点で場所を変えて話すべきだったんだ。

 俺のせい……だ。

 足がウズウズとしだして、気づけば、走り出していた。


「国矢……!?」と慌てたように声を上げる本庄に、「千歳ちゃんのところに行ってくる!」と振り返りもせずに答える。


 すると、


「今から!? 千早先輩のクラスに突っ込むつもりか!? もう授業も始まるんだ――迷惑になるだけだぞ!」


 迷惑――背後から飛んできたその言葉に、心臓が一突きされたようだった。一瞬にして、全身が硬直する。

 ランニングポーズのまま、俺は生きた銅像となってその場に固まった。

 背後で、「おお……国矢が止まった」と驚愕と感動の混じったような声色で本庄が呟く。

 その間も、迷惑……迷惑……迷惑……と除夜の鐘の如く、何度もその単語が頭の中で重々しく響いていた。まりんの声で――。


「め……迷惑……」ごくりと生唾を飲み込み、やっとのことでそう声を絞り出す。「迷惑……だろうか」

「そりゃあ……迷惑でしょう」


 呆れた――というよりは、ホッとしたように本庄は答え、俺の横に歩み寄って来た。


「残念だけど、出回った写真は誰にもどうすることもできない。今、国矢が千早先輩のところに行っても、できることは何もないよ。余計に騒ぎを大きくするだけだ」

「そう……か」


 そうだな、と口の中で呟くように言って、ぐっと堪えるように拳を握りしめる。

 騒ぎを大きくするだけ……冷静に放たれた本庄のその言葉が、胸に突き刺さる。――結局、俺がしてきたことはだったのかもしれない。

 振り返れば、走り回っていた記憶ばかりだ。

 いつも無我夢中で走っていた。まりんの姿が見えないと、それだけで不安に襲われ、まりんに何かあった、と知ると焦りで我を失った。まりんが無事ならそれでいい、と一心不乱で脇見もふらず、ただ、まりんの姿だけを捜して走り回っていた。その姿が、周りや……そして、まりんにどう映っていたかなど、気にすることもなく――。

 その結果は言わずもがな。

 すうっと息を大きく吸い、


「ありがとう、本庄」とゆっくりと息を吐き出しながら言う。「俺はやはり、幼馴染失格だな。何も学んでいない。こんなんだから、まりんに嫌われたんだと頭では分かっているのに……」

「え……」


 隣でハッとする気配がして、


「高良さんに嫌われたって……なに? 国矢、そう思ってるのか!?」


 な……なんだ、突然?

 振り返ってきょとんとしながら、「そう思ってるのか、て……そうだろう」と答える。


「幼馴染をクビになったし……昨日だって、迷惑だ、て直接、言われたんだ。本庄も聞いてただろ。六組の教室で……『ただの同中なんだから、もう放っといてよ』と言われて……」


 あ、思い出しただけで、また目頭が……。

 前を向き、ごまかすように咳払いして、もうすっかり人気ひとけのなくなった廊下を歩き出す。


「本庄だって言ってたじゃないか。まりんから距離を置いたほうがいい、て。だから、俺は、まりんから離れようと思って……まりんの望み通り、『幼馴染』を――『番犬』を辞めようと思って……今朝、俺に関わるな、て身を切る思いでまりんに言ったんだ」

「そ……そんなこと、高良さんに言ったのか!?」


 ちょうど、階段を降り始めたときだった。

 本庄の取り乱した声が辺りに響き渡り、


「高良さん……大丈夫だったのか!? そんなこと、国矢に言われて……」


 階段を駆け下りるようにして俺に追いつくと、本庄は血相変えて訊いてきた。

 もっともな質問だ――。

 まりんとの間の息苦しい空気に耐えきれず、『階段で行く』と逃げるように去りながらも、俺も同じことを考えた。外階段からぼうっと空を眺めて物思いに耽りつつ、やはり心の片隅で囁く声がした。まりんは大丈夫だろうか、と……。


「まりんの歩みは舞妓さんのごとく慎ましやかで優雅だからな。まりんの歩行スピードなら、俺はいくらでも追いつける。エレベーターと階段のハンデもあってないようなものだ。駅までこっそり後を尾け、真木さんと無事に合流するのを確認済みだ。真木さんが一緒なら大丈夫だろう」

「え、いや……なんで、急に歩行スピード!? そういう身の安全の話じゃなくて――てか、ごめん、国矢! 俺、昨日、余計なこと言った。そういうつもりじゃなかったんだ。『距離を置け』って……『突き放せ』って意味じゃない」

「は……?」


 足を止め、俺はぽかんとしてしまった。

 本庄の言っている意味がまるで分からなかった。

 本庄も足を止めると、苦渋に満ちた表情を浮かべ、「そっか、そういうことか」とどこか悔しげにひとりごちる。


「それで、国矢まで『ただの同中だ』とか言い出したのか。俺があんなこと言ったから……」


 ん……?

 

「いや、待て、本庄。別に、本庄に言われたから、とかではなく……」

「あのな、国矢」きっと凛々しい顔つきになって、本庄は俺を見上げ、「昨日の帰り、高良さんがうちのクラスに来たんだ」

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