第9話 『守る』とは④
たくさん幼馴染……しよう――とは? 初めて聞くフレーズ……だ。それがどういったことを言うのか、いまいちイメージはつかないが……細かいことはもうなんでもいいのだ。千歳ちゃんのためなら俺はなんでもしよう。俺は千歳ちゃんの『幼馴染』なのだから――。
覚悟を新たに、「ああ、しよう」と千歳ちゃんをさらに強く抱き寄せた、そのときだった。
「見出しが湯水のように湧いてくるぁあー!」
突然、雄叫びのようなものが聞こえ、ハッと我に返る。
何事だ? 荻先輩……か!?
ぎょっとして振り返れば、
「『会長に“白馬の王子”来たる! 幼馴染の涙の訴え! “もう俺の千歳ちゃんを傷つけないで”』――一面はこれだぁああ!!」
荻先輩が怒涛の勢いでスマホの画面をタップしまくっていた。両脇では、新聞部AとBが興奮気味に「おお」と声をあげ、荻先輩のスマホを覗き込んでいる。まるで、ヘラクレスオオカブトでも見つけた子供達のよう……だが――なんだ? 見出し? 一面? 『白馬の王子』って……?
困惑して目を瞬かせていると、
「白馬くん――大丈夫よ」
まるで、妖精がそっと囁いていったかのような……愛らしく、優しげな声がかすかに聞こえた。
え――と見やれば、ちょうど、千歳ちゃんが俺から身を離すところで。
「私を信じて」
そう言って、千歳ちゃんはそっと俺の胸に手を置き、微笑みかけてきた。ふっと細めた切れ長の目はキラリと輝き、その奥にある強い意志――のようなものを感じさせ、口許に浮かぶ笑みは悠然として、余裕が戻り……そこには、凜として逞しい『会長』の姿があった。
「信じてって……」
急に……なんだ? そりゃあもちろん、信じるが。きょとんとしている間にも、千歳ちゃんはするりと俺の腕の中から抜け出て、
「荻くん、どういうつもり?」
ばっと身を翻して荻先輩に向かい合うや、矢の如く鋭い声を荻先輩に放った。
刹那、騒がしかった教室が一気に静まり返り、浮ついていた空気に緊張が走る。千歳ちゃんの一言で、まるで、その場に『規律』が戻ったような……そんな感じだった。
ぎくりとして新聞部の三人は顔を上げ、つい、俺もごくりと生唾を飲み込んでいた。
「昨日の取材の続きは、また体育館裏で、て話じゃなかった? いつまで待っても来ないから、まさか……と思って来てみたら、白馬くんに勝手に取材をするなんて。話が違う」
俺よりもずっと華奢なその背をぴしっと伸ばし、千歳ちゃんは腰に手をあてがい、「いい、荻くん?」と脅すような低い声で続ける。
「記事は私のことだけにして。私のことは何を書こうが好きにしていい。でも、白馬くんのことは一切書かないで。もし、一言でも彼に触れれば、その号の発行を禁じます」
「え……」と俺と荻先輩の声が重なった。
「千早会長……それは検閲では!?」
「職権濫用ですよ!」
愕然として声を失くす荻先輩の両脇で、新聞部AとBが声高々に不満を訴える。
しかし、千歳ちゃんは動揺する様子もなく、きっと二人を睨みつけ、
「私のやり方が気に入らないなら、それを記事にして、不信任決議案の提出を皆に訴えかければいい。それがジャーナリズムというものでしょう」
さらりと言われ、たちまち、ぐっと口を噤むAとB。千歳ちゃんは気を取り直すようにため息吐いて、再び、萩先輩へ視線を戻す。
「私は生徒会長として、この学校の全ての生徒を守る責務がある。一人一人が居場所を見つけられるような学校を……それが私の公約だから。
白馬くんだって――」
そこで言葉を切って、ふいに、千歳ちゃんはちらりと俺を見た。どこか、申し訳なさそうな……そんな張り詰めた表情で。
「白馬くんだって……私の幼馴染である前に、この学校の生徒の一人よ。だから、生徒会長として、私は彼を守る。新入生を晒し者にするような真似はさせません」
「さ……晒し者なんて、人聞きの悪い! そんな気は無いぞ!」
憤慨した様子で声を上げる萩先輩に、「それでも――」と千歳ちゃんは説得するような強い語調で切り返した。
「あなたたちが彼を面白がるような記事を書けば、それは『風潮』になる。彼を揶揄っていい存在なのだ、と……学校の皆がそう思い込む。そんな免罪符を全校生徒に配るようなことはさせられません」
論破……というものを目の当たりにしたようだった。
言葉も出ない様子で、凍りついたように固まる新聞部。生き生きとしていた表情はすっかり強張り、血色良く色づいていた顔は青ざめ……さっきまで、ファイヤーダンスでも踊り出さんばかりだった白熱した空気は通夜のそれへと変わっていた。
すごいな……と、そんな言葉が自然と湧いてくる。こうやって、彼女は全校生徒を守ってきたのか――。
『黒船』とか『提督』とか、どんな名で呼ばれようと、『生徒会長』として毅然と振る舞い、何百人といる生徒のために闘ってきたんだろう。俺がたった一人の幼馴染さえ、まともに守ることもできずにいた間も……。脱帽だ。心から尊敬する。そんな会長のいる高校に入れて良かった、とも思う。でも――、
「いいんだ、千歳ちゃん」
そう口火を切って、千歳ちゃんの肩を掴む。
ハッとして振り返る千歳ちゃんを視界の端に捉えつつ、荻先輩を見つめ、
「さっきの……記事にしていいっス、荻先輩。その代わり、ちゃんと伝えてください。もう千歳ちゃんのこと、『黒船』とか『提督』とか呼ぶのはやめて欲しい、て」
ぎょっとする荻先輩が何か言うより先に、「白馬くん!?」と隣で取り乱す千歳ちゃんの声がした。
「気持ちは嬉しい……けど、君がそんなことする必要は――」
「千歳ちゃんは俺を守らなくて良い」
はっきりとそう言って、俺はゆっくりと千歳ちゃんに視線を向ける。
「俺は千歳ちゃんの幼馴染だ。だから、千歳ちゃんは俺に守らせてくれ」
刹那、息を呑み、見開いた千歳ちゃんの瞳がダイヤのように光り輝いた――ように見えた。その両頬はぶわっと花が咲き誇るように鮮やかに色づき、
「は……はきゅまきゅん……」
はきゅまきゅん……!?
「ち……千歳ちゃん……!? カ行の様子が――!?」
言いかけた言葉は遮られた。まるで、デジャブのように胸の中に飛びこんできた千歳ちゃんによって。
その瞬間、じっと黙り込んでいたクラスメイト達がわっと一斉に歓声を上げ、まるで、スポーツ観戦――いや、どちらかというと、これはアイドルのコンサート……か? 熱気を取り戻した教室の中、なぜか、きゃあきゃあ、と黄色い歓声のようなものがやたらと響いていた。
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