第7話 『守る』とは②
その瞬間、ばっと教室中の視線が俺に集まった。
「幼馴染?」と、どこからともなく声がして、
「会長の……?」
「え、うそ! じゃあ、あの人も帰国子女ってこと!? ニューヨーカー!?」
「あ、そういえば、私、見たよ。あの人、昨日、廊下で会長と話してた。そのまま、会長とどっか行っちゃったの」
「ああ、あの人……! 私も見た! 顔、よく見えなかったけど、うちのクラスの人だったんだ? あの席って……昨日、腹痛で早退した人?」
がやがやと賑わいを取り戻した教室……だったが、その話題は全て、俺に変わっていた。
さあっと血の気が引く。
しまった……。忘れていた。あの人たちのことを――。
俺の唯一のフォロワーである本庄も、『どういうことだよ?』と言いたげな訝しげな顔を浮かべて、俺を見つめているのが視界の端で見えた。
会長をまりんと勘違いして助けに行った……ということまでは話していたが、詳しいことまでは――体育館裏で、メガネ率の高い怪しげな集団に囲まれていた会長を助けようと飛び込んでいって、自信満々に『彼女は俺の幼馴染だ』と言い放ってしまったことは――本庄にも話してはいない。『荻先輩』一行は「くーにやく〜ん!」とずかずかと教室に入ってきて、俺のもとへとまっすぐに向かってきているし……今、ここで本庄にそれを説明している余裕もなさそうだ。
本庄のフォローは期待できない。俺一人で、この場を収めなくては……。
しかし、どう収める?
俺はまだ、決めてないんだぞ。会長の『幼馴染』になるかどうか――。
そうして考えあぐねているうちにも、あっという間に荻先輩一行はやってきて、ぐいっと本庄を押しやるようにして俺の席の前にずらりと並んだ。
「昨日、会ったのだが……覚えていてくれてるだろうか?」くいっとメガネを上げつつ、まず、口を開いたのは、リーダー格と思しき荻先輩だった。「新聞部の部長の荻
「はあ……」
とりあえず、生返事だけ返す。それで精一杯だった。
余計なことは言えない。とにかく、今は早く決めなくては。今後の身の振り方。どういう立場で応対するのか……会長の幼馴染として振る舞うのか、それとも、人違いだったことをこの場で説明するのか――。きっと、ここで決めなくてはいけないんだろう、とそれだけははっきりと悟っていた。
「新聞部……が、国矢に何の用ですか?」
ぐっと口を噤んで黙り込む俺を見かねたのか、はたまた、フォロワーとして傍観しているわけにはいかない、と思ったのか、すかさず、そう口を挟んできたのは、もちろん本庄だった。
そこで、ハッとした。
そういえば……確かに、新聞部、と言ったな。
そうか――この人たちは新聞部の方々だったのか。じゃあ、昨日、会長を囲んでいたのは……。
「我々新聞部は定期的に校内新聞『
「ああ……楽しみにしてます。――で……それが、国矢となんの関係が……?」
「新入生も入ってきてくれた今月は、学校のことや我々新聞部のことも知ってもらおう、とその号外を出そうと思っていてね」と荻先輩は腕を組んで、誇らしげに笑んだ。「特に、我が校に入学するとなれば、我らが生徒会長、千早・ビクトリア・千歳女史のことを知っておいてもらわなければならない。この学校の生徒は、今や、彼女が舵取る黒船に乗り込んだ
まるで革命家の演説のごとく、力強い口調でそう語り、荻先輩は「そこで、だ」と勢いよく俺の机に両手を置いた。
「ぜひとも、君のインタビューも載せてもらいたい、と思った次第だ! 幼馴染ならば、我々の知らない彼女の一面も知っているだろう。知られざる過去や、『え、会長がそんなことを!?』的な嬉し恥ずかしエピソード、その他諸々……幼馴染の視点から、我らが提督閣下について語ってもらえたら、と思ってね。見出しは、『黒船航海誌』なんて、どう――」
思わず、ガタン、と大きな音を立てて、立ち上がっていた。
「ひっ!?」と荻先輩が弱々しい悲鳴のようなものを漏らすのが聞こえた。
もう、耐えられなかった。我慢できなかった。
ああ、腑が煮え繰り返る、てこういう感じなんだな――。
――初めて……だったから。厭じゃないか……なんて、気にしてもらったの。
そんな言葉が蘇ってきて、途方もない絶望感と、やりきれない思いに襲われた。
本当に、皆……こうなんだな。本当に、誰一人、会長が傷ついていることに気づいてもいない。その気持ちを察しようともしていない。会長が平気そうにしているからか? それとも、皆が言うからか? 何を言っても良いと思っている。まりんでさえ――。
ぐっと拳を握りしめ、睨みつける先で、荻先輩がぞっと顔色を失くして俺を見上げていた。
それでなくても、俺は――まりん曰く、鬼のごとく――身長もあって、図体もでかい。ひ弱な荻先輩の体は、すっかり俺の影の中に収まって……おそらく、端から見れば、不良が今にも優等生をカツアゲせんとする現場に見えることだろう。いつのまにか、教室は静まり返り、不穏な空気が漂っていた。
本庄が「おい、国矢、どうした?」と不安げに訊く声が聞こえたが、俺は構わず、荻先輩を睨みつけたまま、はっきりとした口調で言った。
「会長は、『黒船』でも『提督』でもない」
別に、まりんの代わりにしよう、とかそういうつもりはない。
ただ、俺にできることがあるなら――会長を守れるなら、守りたい、と思った。正しい守り方とは、何なのか、まだ、俺には分からないけど……。
ハクちゃん、行かないで――そう言って、夕焼けの中、一人佇むまりんの姿が脳裏をよぎる。
二度と、同じ過ちを繰り返したくないと思うから。置き去りにはしたくない。会長を一人にはしたくない。
だから――、
「彼女は……千歳ちゃんは、俺の大事な『幼馴染』だ」
そう言い放ち、俺は荻先輩に向かって頭を下げた。
「『黒船』とか『提督』とか……変な呼び方をするのはやめてください。千歳ちゃん、傷ついてるんス」
え、と荻先輩の動揺する声がして、静かに波立つようにどよめきが辺りに広がり――誰かが、「あ、会長……」とぽつりと呟くのが聞こえた。
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