第6話 『守る』とは①

「どうかしたのか、国矢? いつも以上に渋い顔してるけど」


 登校し、自分の席で頬杖ついてぼうっとしていると、初日の出のように煌々と眩いオーラを纏ったイケメンがぬっと視界に現れた。


「おお……本庄! 初日の出かと思ったぞ」

「なんで?」

「おはよう、本庄!」気を取り直して言って、机に額をぶつけん勢いで頭を下げる。「昨日は、フォローしてくれてありがとう!」

「フォロー……?」

「腹痛で早退した、て本庄が皆に言ってくれたんだろう? 違うのか?」


 顔を上げて見やれば、「ああ」と思い出したように本庄はぱっちりとした目を大きく見開き、


「なんだ、そんなこと。わざわざ、礼を言われるようなことでもないよ」


 ふっと浮かべた笑みは、やはり、眩いほどで。若々しくも神々しい。言うなれば、まるで、弥勒菩薩のような――救世主感。思わず、拝んでしまいそうになった。

 さすが、フォロワーだ。


「それで……昨日は、あれからどうなったの? 千早先輩にちゃんと言えたのか? 人違いだ、て」


 急に神妙な面持ちになって、本庄は声を顰めて訊いてきた。

 ぐさりと胸を――急所を一突きされた気分だった。思い出したようにずんと胸が重くなり、視線を落としていた。


「それが……だな。一応、人違いだということは伝えられたのだが。いろいろあって……一年契約で幼馴染にならないか、と誘われてな。今日中には答えを出さなければならないんだが、まだ、答えが出ていなくて、どうしたものか、と悩んでいるとこだ」

「ううん……?」と、唸り声にも似た本庄の怪訝そうな声がして、「ちょっと……待って、国矢。一年契約でって……どういうこと?」

「つまり、会長が卒業するまで、ということだろうな」

「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくて……『契約』ってなに!? つまり、千早先輩の幼馴染のをするってこと――」

「声がでかいぞ、本庄!」


 押し殺した声で咄嗟に本庄の言葉を遮り、俺は周りを見渡した。

 教室には続々とクラスメイトたちが入ってきて、「おはよう」という声があちこちから聞こえてきていた。まだ入学して二日目とはいえ、きゃっきゃ、と楽しげに談笑する声や、ギャハハ、と遠慮なく馬鹿笑いする声が響き渡り、喧騒というに十分な賑わいっぷりだ。

 誰も聞き耳を立てている様子も無い。

 ちらちらとこちらのほうを見ている女子生徒もいるにはいるが……頰を染め、ビームの様に放つ熱い視線は本庄へ一極集中。俺たちの興味も無さそうだ。

 ひとまず、ホッとして、


「――そうだ」と低い声で本庄に答える。「一年間、幼馴染のフリをする、ていうことだ。まだ、返事はしていないが……念の為、ここだけの話にしてくれ。本庄には、もう会長とのことを全部話してあったし、俺のたった一人のフォロワーだから、言っただけだ」

「フォロワーって……俺が? 俺、国矢のこと、何かでフォローしたっけ?」

「昨日、腹痛だ、てフォローしてくれただろ」

「え!? いや、フォロワーってそういうんじゃ……」


 ぎょっとして何かを言いかけたかと思えば、「ああ、もういいや」と本庄は長めの髪をくしゃりと搔いて、


「とにかく、その契約のこと――なんで、迷ってるんだ?」

「なんでって……一つ返事で答えられるようなことでもないだろ」

「一つ返事で断るようなことだろ!」


 責めるような声色で言って、本庄は俺の机に両手をつき、険しい表情で見つめてきた。


「幼馴染のフリなんて、どう考えてもおかしい。迷うようなことじゃない。すぐにでも断って来るべきだ」

「いや、しかしだな、本庄……会長にもいろいろとあって――」

「千早先輩より高良さんだろ! 国矢が気にしなきゃいけないのは、ホンモノの幼馴染のほうだ」

「ホンモノ……」


 ホンモノの幼馴染――。

 なんの迷いもなくそう言って、真っ直ぐに見つめてくる本庄の瞳が、耐えられなくて。俺は逃げるように視線を逸らしていた。

 ぞわっと毛虫でも這い回っているかのような、不穏なものを胸の奥で感じていた。

 後ろめたいような……惨めなような……居心地の悪さがあった。

 脳裏に浮かんだのは、今朝の出来事。しんと静まり返ったマンションの外廊下で、まりんと二人、視線も言葉も交わさず、ただ佇んだ。身がすり潰されていくような空気が――あの気まずさがありありと蘇ってくる。


「もう……違う」


 ぽつりと、そんな言葉が転がり出ていた。


「もう、幼馴染じゃない。俺とまりんは――ただの同中だ」

「え……」と本庄は動揺もあらわに戸惑った声を漏らし、「いや……国矢、どうしたんだ? そんなこと言うなんて、無い……」

「国矢白馬くん!」


 まるで兵隊の点呼のような。突如として、本庄の言葉をかき消し、教室の沸き立つ空気さえも吹き飛ばす勢いで、少し上擦った固い声が飛んできた。

 ハッとして見れば、


「国矢白馬くんは、このクラスにいるかな!?」


 談笑をぴたりと止め、息を合わせたようにクラスメイトが見つめるその先に――教室の入り口に、ひょろっとした三人組が立っていた。校則通りきっちりと制服を着こなし、三人揃って床屋で「真面目な感じで」とお願いしたかのような短い黒髪。真ん中のリーダーと思われる人物は縁なし眼鏡をかけ、白衣を着ていたら、大学病院の教授回診かな? なんて思ってしまいそうな堅苦しい雰囲気を放つ一団だった。

 見覚えがあった。三人全員。昨日、それぞれの顔を目に焼き付けんばかりに睨みつけたのだから……。


 あ、まずい――と、瞬間的に思った。


 しかし、時すでに遅し。


「あ、おぎ先輩!」と三人組の一人、左翼にいた人物が俺を指差し、「いました、あそこです! 会長の幼馴染の、国矢くんです!」

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