第24話 残影
また、その単語――。
当然、聞き覚えがあった。中学の歴史の授業で習った。まだ鎖国中の江戸時代、浦賀に来航して、幕府に開国を迫ったペリーの船……だったよな。懐かしい……くらいだけど。今日、その単語を聞くのは、もう二度目だ。
ついさっきも聞いた。入学式で。そのときも、会長の口から……。
「『黒船』って……なんなんですか? 入学式の挨拶でも言ってましたけど……」
すると、会長はついと視線を逸らし、躊躇うような間を置いてから、
「『黒船』は、私の……ここでのあだ名――てやつなのかな」
「会長の……あだ名? 『黒船』が……ですか?」
「入学したての頃、浮かれすぎちゃって。いろいろやらかしちゃったんだよね」頰を掻き、へへ、と会長はばつが悪そうに苦笑した。「屋上でお弁当食べてみたくて、『屋上開放運動』とかやっちゃったり」
「屋上……開放運動!?」
「だって、日本の漫画とかアニメって……皆、屋上でお昼食べてるでしょ? あっちの学校は屋上なんてなかったからさ。楽しみにしてたんだよね。それなのに、屋上には行けない、て聞いてショックで」
「ああ、そういえば……」
言われてみれば、確かに。俺は漫画とかはあまり読まないが……それでも、二次元世界(と言えばいいのだろうか)では、屋上で弁当を食べてるイメージがあるな。実際には、屋上なんて足を踏み入れたこともないし、行こうと思ったこともない。当然、扉には鍵がついているもので、侵入しようものなら大目玉を食らうだろう。
「フェンスはちゃんと張られてるみたいだし、何か危険があるようにも思えないんだよね」
ぼんやり言いながら、会長は再び、手すりへと向かい、反対側にある西校舎の屋上を見上げた。
「なんで入れないのか気になって、何度か先生に直接、聞いてみたりもしたんだけど、どの理由もパッとしなくて、いまいち納得できなかった。クラスの子に聞いても同じ。皆、『そういうもんだから』って感じで、ちゃんとした理由を言える人はいなくて。それどころか、『私も屋上でお昼食べてみたい』て言う子もいてさ。だから、屋上の開放を求める署名を集めてみたりして……」
「署名を集めたんですか!?」
「結構集まったんだよ」感情の伺えない無機質な声でそう言って、会長はその横顔にふっと皮肉めいた微笑を浮かべた。「皆、おもしろがってただけだったみたいだけど」
「おもしろがってた……?」
「署名を集めたところで、屋上が開放されるわけない。――そんなの、皆、知ってたんだよね。ただ、私が必死に署名を集めている姿が物珍しくて、楽しんでただけ」
なんでもないかのように、淡々と。心なしか早口になりながら、さらりとそんなことを言い、
「その頃からなんだ」と会長はこちらに振り返って、からっと笑った。「『黒船』って呼ばれるようになったの。『屋上の開放を求めにアメリカから来校したビクトリア提督』――とか……うまいこと言うよね」
その瞬間、グサリと心臓をナイフで突き刺されたような……そんな衝撃が胸を貫いた。
頭に浮かんだのは、あの日――幼馴染を失格になった日のことで。
ハクちゃん、学校で何て言われてるか知ってる? 『まりんも歩けば、白馬に当たる』だよ!? ――必死に声を張り上げ、そう俺に訴えかけてきたまりんの姿が、目の前の会長とだぶって見えた。
あれ……と、ぽつりと心の片隅で呟く声がした気がした。
あのとき、俺は……まりんになんて言った?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます