第23話 真実
「大丈夫って……何がですか?」
きょとんとして訊き返すと、
「だって、いきなり、よく分からない女が出てきて、幼馴染にベタベタしてるの見たら……心配しちゃうんじゃないかな、て思って」するりと伸びた髪を一束つまみ、会長は頰を染め、なぜかくねくねと身をよじらせ始めた。「私の幼馴染に近づかないでよ! なんて修羅場になったら、私、どう責任を取ったらいいか分からないよ〜」
「表情とセリフが全く一致していないんですが……」
ずばり指摘すると、会長はハッとして、緩みきっていた表情を引き締めた。知性溢れる切れ長の目を鋭く輝かせて俺を見つめ、
「ごめん。私情を挟んだ」
「私情……!?」
「とにかく」と会長は気を取り直すように言って、腰に手をあてがった。「私とどんな関係なのか、気にしてたみたいだし、きっちり説明したほうがいい。私の大事な幼馴染が取られちゃう――て嫉妬しててほし……嫉妬してるかもしれないよ」
嫉妬しててほしい……って言いかけた!?
いや、やめておこう。もう、その辺はスルーしよう。ツッコンではいけない……気がする。
それよりも――。
「大丈夫です」と俺は力なく笑って答えた。「嫉妬なんて……しませんから。俺、幼馴染をクビになってますし」
「幼馴染を……クビ?」
目をパチクリとさせ、会長は小首を傾げた。
「えっと……ごめん。スラング……か何か、かな? そういう表現、初めて聞いた。まだ、私の日本語、完璧じゃなくて……。別の表現で、教えてくれるかな?」
「あ、いや……スラングとかじゃなくて、そのままの意味で。解雇、て意味で……」
「かいこ……?」
明らかに困惑した様子で、会長は表情を曇らせた。かいこ、かいこ……と少しイントネーションを変えては何度も呟いている。まだピンと来ていないのだろう。
文字通り、理解に苦しんでいる会長の様子にズキリと胸が痛んだ。
分かってる――。
会長の日本語が完璧じゃないから、とか……そういう問題じゃない。
俺だ。俺が曖昧にしようとしてるだけだ。幼馴染をクビになった――なんて言い方でごまかして、真実から逃げようとしている。
本当は、もう分かっているのに。心のどこかでは気づいていたのに。幼馴染を失格になったあの日……『まりん、ハクちゃんと一緒にいると、もう苦しいの!』と言われたあのときから。
ただ、認めたくなかったんだ。認めるのが怖くて……今も、それを口にするのを躊躇っている。
でも、もう、向かい合わないと……ダメなんだよな。
国矢が知らなかっただけで、ずっと高良さんは傷ついていたかもしれないよ――そう心苦しそうにも言った本庄の声が脳裏をよぎった。
喉がぐっと詰まって、息苦しさに襲われる。
ぎりっと爪が食い込むほどに拳を握りしめ、「つまり……」と俺は声を絞り出すようにして言う。
「幼馴染に……俺、嫌われてるんです。俺とはもう一緒にいたくない……てはっきり言われました」
「え……」と会長は目を丸くして、ぽわっと頰を鮮やかに色づかせた。「ツンデレ幼馴染ってこと……!?」
「いや……違う、て俺も友達に言われました」
諦めたように自嘲じみた笑みが漏れる。
「フツーに……嫌われたんス」
「嫌われたって……でも、喧嘩もしたことない、てさっき言ってなかった? そんなに仲良かったのに、なんで……」
「喧嘩するほど仲が良い……とも言いますよ」
皮肉っぽくそう言うと、しゅんと花が萎むように会長の表情が暗く沈んだ。まるで、百合のような……凛とした美しさが、一瞬にして憂いに染まって。ぞっとするような罪悪感に襲われた。慌てて、「だから、大丈夫です!」と力強く言って、
「俺のことより、会長のほうこそ大丈夫なんですか? 今朝のメガネの人たちも、俺たちを幼馴染だって信じ込んじゃってましたよね!?」
「ああ……」
まだ少し心配そうに俺を見つめつつ、会長はぎこちなく微笑んだ。
「私も大丈夫。ありがとう」
「大丈夫って……そんな、あっさり……。誤解されたままじゃ、困るんじゃないですか? 俺と違って、会長は『生徒会長』で、有名人なわけなんですし。俺の人違いだった、てメガネの人たちに言いに行きますよ!」
「いいの、いいの。君がそんなことする必要ない。私のことは心配しないで」ふふっと笑って、会長はぱたぱたと手を振った。「こういうアクシデントには、皆、慣れてるから。また『黒船』がやらかした、て思うだけ」
「黒……船……?」
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