第22話 告白④

「可愛い制服着て、上履き履いて、皆で屋上でお弁当食べて、帰りにカラオケ行ったり、プリクラ撮って、土日は合コンとか行っちゃって……」


 きゃっきゃとはしゃいで、会長はそんなことを言い連ね、


「それと――」と意味ありげな視線を俺に向けてきた。「幼馴染と喧嘩して、クラスの皆に『夫婦かよ』って揶揄われるの」


 ん……?


「な……なんですか、それ?」

「なんですかって……幼馴染のテンプレでしょ」

「テンプレ……?」

「そういう経験、無いの?」ぐいっと身を寄せ、会長はワクワクとした様子で訊いてくる。「幼馴染、いるんだよね?」

「いやあ……」


 頭をガシガシかきつつ、思い返してみる。

 喧嘩か。まりんと……喧嘩。うーん……そんな記憶がそもそも無い。ぷんぷんとしているまりんの顔はよく見ていたが……。


「喧嘩という喧嘩をしたことがない……っすね。いつも、俺が一方的に叱られているだけで……『夫婦かよ』なんて揶揄われたことなんて一度も……」

 

 答えつつ、じわっと嫌な感情が胸の奥で広がるのを感じていた。不快で不穏な……ひどく後味の悪いもの。たぶん、後悔とか、罪悪感とかいうべきものだ。

 思い出していたのは、つい数時間前に、この外階段で本庄から聞いた話で……。

 『夫婦かよ』なんて揶揄われたことはない――が。もっと……きっと、まりんにとっては耐え難いようなことを言われて、俺たちは揶揄われてきた。それを俺は知ったから。

 会長のなんの悪意もない問いが、今は胸に突き刺さる。

 そして、『なんで……』とどこからともなく疑問が湧いてくる。なんで、まりんは今までずっと何も言わなかったんだ? ずっと気にしていたのなら、俺は知りたかった。ちゃんと守りたかったのに。一言でもいいから、言ってくれたら……。

 そのときだった。「あ、それじゃあ」と会長のひときわ弾んだ声がして、


「朝起きたら、布団の中に下着姿の幼馴染がいた……なんてことは!?」

「ありませんよ!?」ぎょっとして大声を上げていた。「どういう状況ですか、それは!? 幼馴染というよりも夢遊病の事例じゃ……!?」

「そっか〜、残念」

「残念……なんですか!?」

「やっぱ、漫画みたいにはいかないか」

「いったい、どんな漫画を読んできたんです!?」

「『幼馴染じゃいられない』が一番好き!」と、会長はきりっと凛々しい表情で即答。「ちょっと古いけど、だからこそ、良い! 幼馴染の古典が詰まってる!」

「こ……古典!?」


 幼馴染に古典があるのか!?


「ハクマくん、読んだことない? 何年か前に、今風にアレンジして実写ドラマ化もしたんだよ? 工藤拓人と絢瀬セナが主演で」

「いや……すみません。そういうのは、詳しく無くて……」

「じゃあ、今度、貸してあげる! こっちで新装版も買い揃えたから」

「し……新装版……」


 水を得た魚のよう……とでも言えばいいのか。キラキラと瞳を輝かせ、生き生きと語る会長の勢いに、俺はすっかり呑まれてしまった。

 なんというか……入学式の壇上で見た会長とはまるで別人だ。生け花のごとく、気品と誇りを纏い、静かながらも圧倒的な存在感を放つ――そんなイメージだったのに。目の前にいる彼女は、まるで無邪気な子供みたいで……。


「本当に……憧れてるんですね、幼馴染に」呆然としながら、そんなことを口にしていた。「もしかして……だから、その男の子を捜しに来たんですか? 自分の幼馴染と会いたくて……」


 すると、ふっと火が消えるように。急に会長から勢いが消えた。


「それは……ちょっと違う、かな」


 視線を逸らし、ぽつりとそう言った会長の笑みは暗く翳り、切なげなそれへといた。


「君が『幼馴染だ』って現れるまでは、私に幼馴染がいるなんて考えたこともなかった。その子のことも……幼馴染だと思ったことはなかったんだ。さっきも言ったけど、私はその子の名前も顔もよく覚えてないから。そんなの『幼馴染』だ、て言う資格ないでしょ」


 どことなく冷たく淡々と言って、会長は手すりの向こうを……きっと、例の公園のほうを眺めながら続けた。


「その子を見つけたいと思ったのは……ただ、最後に確かめたかったからなんだと思う。まだ、おかえり、て言ってくれる人がここにいるのか」

「最後に……?」


 最後って――なんだ?


「それって、どういう……」


 訊ねようとした俺の言葉を、「あ、そういえば」と会長は思い出したように言って遮り、こちらに視線を戻した。


「幼馴染といったら……ハクマくん、大丈夫? さっきの子が、君のホンモノの幼馴染なんでしょ?」

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