第20話 告白②
どっと押し寄せてくる罪悪感に呑まれそうになるのを堪え、
「すみません!」と頭を下げたまま、腹の底から声を張り上げた。「俺の幼馴染は別にいるんです。同じ学年の子で……さっき、廊下で『どういう関係か』って聞いてきた女の子で。今朝、『美少女が変な奴らに囲まれてる』って聞いて、てっきり、その子だと思って駆けつけたんです。そしたら、そこには、会長がいて……人違いだった、てすぐに気づきました。誰だ? て思いました。でも、会長は俺のことを知ってるみたいだったから、困惑して……言い出せなくて。もしかしたら、俺が忘れてるだけなんじゃないか、と思って、必死に思い出そうとしたんですけど――」
そこまで言って、ぐっと唇を噛み締める。溜め込んできた一言は岩のように重くなって、喉につっかえているようだった。脳裏によぎるのは、『ハクマくん』と親しげに俺を呼び、子供みたいに嬉しそうに笑う会長の笑顔で。今から、それをぶち壊すのかと思うと……やっぱり、躊躇う。
それでも、言うしかない。幼馴染のフリを、いつまでもしているわけにはいかないんだ。
喉をこじ開けるようにして息を吸い込み、ゆっくりと顔を上げる。そして、俺はそれを……その一言を放った。
「会長のこと、何も思い出せません。――俺は、会長の『幼馴染』じゃないです」
せめて、俺にできることは――俺が考え付く『誠意』なんてものは、まっすぐに彼女の目を見て正直に言うこと以外なかった。
さあっと春の気配を乗せた柔らかな風が吹き抜けていった。
長い黒髪がさらさらとなびき、顔にかかっても、会長はそれをはらおうともしなかった。ただ、呆然と俺を見つめていた。取り乱すわけでもなく、問い質してくるわけでもなく、怒るわけでもなく。寂しげ――だけど、落ち着いた面持ちで。
そして、「そっか……」とため息吐くと、ふっと微笑み、
「そうだよね」とあっけらかんと言った。「やっぱり――私に『幼馴染』なんているわけないか」
「は……い?」
幼馴染なんて……いるわけない? え……? それは……どういう意味だ? だって、今まで散々、俺のことを幼馴染だ、て言ってて……。体育館裏で会ったときも『きっと、いつか会えると思ってた!』って……。
ぽかんとしていると、会長は申し訳なさそうに苦笑を浮かべ、
「私ね、高校入るまで、ずっとアメリカに暮らしてたんだ」ふいに、手すりのほうへ歩み寄ると、会長は遠くを眺めながら口火を切った。「もともと、両親は日本に暮らしていた日本人だったんだけど、父は高校卒業後すぐ、アメリカの大学に留学して、そのまま、向こうで就職したの。母とは高校の時から付き合ってて、ずっと遠距離恋愛してたんだって。就職を機に結婚して、アメリカに呼んで……そのあとすぐに母は私を妊娠して、向こうで産んで、それからずっとアメリカ。今も、両親と妹はあっちにいる。私だけ、日本に来たんだ。だから、一人暮らし」
「一人だけで、日本に……?」
考えるより先に、「なんで……っすか?」とそんな疑問が口から転がり落ちていた。
すると、一つ間を置き、会長は物憂げな表情を浮かべて「多分……」とぽつりと言った。
「見つけたかったんだと思う。――ハクマくんのこと」
「は……? 俺……って……」
「『ハクマくん』じゃなかったみたいだけどね」
はは、と照れたように笑う会長。俺は呆然として、その横顔を見つめていた。それしか……できなかった。会長の話が、まるで理解できなくて……。
返す言葉も見つからず、立ち尽くしていると、会長は手すりに頬杖つき、まるでひとりごちるように語り始めた。
「小さい頃はね、毎年、夏になると日本に来てたの。アメリカの夏休みは、六月から八月まで……三ヶ月もあってね。その間、半分ずつ、両親の実家に順番に泊まってたんだ。母の実家はこの辺りにあって、よくそこの公園で遊んでた」
そこの公園――と言って、会長が指差したほうを見ると、グラウンドを越え、道路を挟んだ向こう側に住宅街があった。公園らしきものは俺には見えないが、おそらく、その住宅街の中にあるのだろう。
「そのときにね……一緒に遊んでいた男の子がいた気がするんだ」と続けた会長の声は、急に沈んだ。「きっと、その公園の近くに住んでたんだと思う。その公園に行くとね、たまにその子がいたの。毎年、帰ってくると、『おかえり、千歳ちゃん』って迎えてくれて、最後の日には『また来年、待ってるね』って手を振ってくれた。でも、十歳のときに、母方の祖父が亡くなって、祖母は伯母の家に同居することになって……母の実家は売り払うことになったの。父方の祖父母も、そのときには、もう亡くなっちゃっててね。両親がここに来る理由も、家もなくなった。
中学に入ってからは、私も向こうでサマーキャンプとかいろいろあって、夏休みも忙しくなったから、日本に来ること自体なくなって……。だから、その男の子とは、もうずっと会ってない」
ぼうっと聞き入って、ふいにハッとした。
まさか……と思った。
「俺が、その男の子だと……思ったんですか?」
会長は頷きも、返事もしなかった。ただ、すうっと深く息を吸うと、おもむろに俺に振り返り、諦めたように力無く微笑んだ。
「違う……んだよね?」
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