第19話 告白①

「わ、わ、ちょ……ちょっと、待って、ハクマくん!」


 とにかく、無我夢中で。会長の腕を引いて、外階段を駆け下り、二階と一階の間にある踊り場に降り立ったときだった。戸惑った会長の声が後ろからして、ハッと我に返る。

 そのときになって、気づいた。

 会長の腕がどれほどか細いか。その腕を掴む自分の手に、どれほど力がこもっていたか。


「あ、ご……ごめません!」


 ぱっと手を離し、振り返る。


「ごめません? そんな言い方あるの?」


 さらりと長い髪を耳にかけ、会長はそこに佇み笑っていた。クスクスと楽しげに。


「びっくりしたよ。急にすごい勢いで連れ出すんだもん」


 責める風でもなく、からっと晴れやかに言って、会長は胸に手を置き、すうっと息を吸い込んだ。


「青春――て感じした」


 燦々と注ぎ込む春の日差しの中、会長は噛みしめるようにそんなことを呟く。その笑みは清々しくも、どことなく儚い感じがして。

 俺は言葉を失くして、見惚れてしまった。

 せっかく、人気のないところに連れ出したというのに。すぐにでも、俺は会長の幼馴染ではない、と告げるべきだったのに。

 なんだろう。その一瞬を……ぶちこわしたくなかった。

 見事に勢いを削がれ、茫然としていると、


「それで?」と会長は妖しげに笑んで、小首を傾げた。「どうかしたのかな? 皆の前で言えないようなお話? 結婚の約束のこと――とか?」

「け……ケッコ……!?」


 ぎょっと目を見開く。脳天に雷でも直撃したみたいな。一億ボルトに匹敵する衝撃が全身を駆け抜けた。

 け……結婚!? 結婚の約束……!? 会長は幼馴染と、そんな約束をするような仲だったのか――!?

 いかん、と長い夢から覚めたようだった。自分がしていることの重大さに、今更ながらに思い知らされる。何をモタモタとしていたんだ!? 躊躇っている場合ではないだろう! 早く言わねば。早く誤解を解かねば。このままでは、俺は結婚詐欺師になってしまう。

 一気に冷静さを取り戻し、俺はきりっと顔を引き締め、額を膝に当てん勢いで思いっきり頭を下げた。


「すみません、会長! 俺は、会長と結婚の約束をした覚えはなく、それどころか……」

「分かってるよ」

「分かって……え?」


 思わぬ言葉に遮られ、きょとんとして顔を上げると、


「冗談だよ。言ってみただけ。私もそんな約束した覚えない」と聡明そうな顔立ちに悪戯っぽい笑みを浮かべて、会長は言った。「してても良いかな――とは思ったけど」

「は……」


 冗談……? そっか、と苦笑が溢れる。な〜んだ、よかった……じゃないぞ!?


「あ、いや……それだけじゃなくて、俺は――」


 ぎゅっと拳を握り締め、俺は再び頭を下げた。


「会長と幼馴染だった記憶もありません! おそらく、人違いだと思われます!」


 踊り場に俺の声がわんと響いて消えた。

 ようやく、言った。

 はっきり言い切り、これでスッキリ……するかと思いきや。胸がずしりと重くなる。煙でも思いっきり吸い込んだみたいに、息苦しくなった。

 辺りはぞっとするほどに静まり返り、重たい沈黙があってから、


「人……違い……?」


 胸に突き刺さるようなか細い声がした。

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