第15話 ただの同中④

「違うのか!?」


 ぎょっとして振り返ると、本庄のなんとも苦々しい笑みがあった。困り果てているのがよく分かる。アイドルのような顔立ちが台無し――とまではいかないが。アイドルが決してテレビではしないだろう表情だった。


「とにかく」と、本庄は気を取り直したように言って、すっくと立ち上がる。「少し、高良さんから距離を置いて、おとなしくしてみたらどうかな。俺もいつも国矢についててやれるわけじゃないし。いつでも、さっきみたいにフォローに入れるわけじゃないからさ」

「フォロー……?」


 ぽかんとしてから、ハッとする。

 国矢、ごめん! ――と、いきなり、俺の肩を掴んで、高らかに言った本庄の声が脳裏に蘇った。


「フォローって……あの嘘か!」ようやく合点がいって、俺はばっと立ち上がり、見開いた目で本庄をまじまじと見つめた。「俺をけしかけた、とかなんとか言っていたのは……俺のことを、かばってくれてたのか!? 高校でもまた妙な格言が生まれないように――」

「そんなわけないだろ」


 興奮気味に言った俺の言葉をさらりと一蹴し、本庄はふっと憫笑のようなものを浮かべた。


「どんな格言が生まれようと、国矢はどうせ気にしないだろ」

「あ……まあ……そうだな」


 確かに。言われてみれば、その通りだ。

 今まで、俺は気づいてもいなかったんだ。気づいてもいないことを、気にすることもない。高校でも、きっと、そんな感じで……周りに何を言われようと、たとえ、密かに『大喜利大会』が行われていようと、俺は気付くこともなく、三年間過ごしていたことだろう。

 しかし――となると……分からん。

 それなら、あの嘘はなんだったんだ? フォローとはなんのことだ?

 眉をひそめて小首を傾げていると、本庄は諦めたようにため息吐いて、


「俺がかばったのは、国矢じゃなくて高良さんだよ」

「は……」


 まりん……? まりんを……かばった?


「まりんをかばった、て……あの嘘で、か? どういうことだ?」 

「まあ、あれでどれくらいフォローになったのかは分からないけど……とりあえず、ああ言っておけば、周りで見てたクラスの人も、国矢がなんで突っ込んできたのか、少しは納得できるだろ。高良さんが絡まれてる、て勘違いした友達にけしかけられたんだ――て」

「ああ……そうだな」納得しかけて、いや、と思い直す。「だから……それが、なんで、まりんへのフォローになるんだ?」

「どんな格言が生まれようと、国矢は気にしない――けどさ、高良さんもそうとは限らないでしょ。今までだって、高良さんは気にしていたかもしれない。国矢が知らなかっただけで、ずっと高良さんは傷ついていたかもしれないよ」


 少し言いづらそうに顔をしかめながらも、本庄は鋭い眼差しで俺を見据え、はっきりと言った。


「まだ、この学校にどんな奴がいるのかも分からないんだ。これから、国矢の行動が高校ここでどういう言われ方をされるのか、分かったもんじゃない。『大喜利大会』で済めば良い方。格言どころか……冗談にもならないような、ひどいことを言われるかもしれない。――そうなったとき、傷つくのは国矢じゃなくて、高良さんじゃない?」


 言葉が出なかった。

 本庄の言うこと全て、寸分の狂いもなく心臓に突き刺さってくるようだった。あまりに予想外で。そして、あまりに的を射ていて。矢のごとく飛んでくるその言葉を、防ぐことも、打ち返すことも、躱すことも、何も出来ず、俺は立ち尽くした。

 寝耳に水、と言えばいいのか。青天の霹靂、というやつなのか。何かが足元から崩れ落ちてくような……そんな感覚だった。


 考えたこともないことだった。


 俺はただ、まりんを守りたかっただけで――ずっと、必死に守っていたつもりだった。俺は一度、まりんを失いかけたから。まりんを裏切ってしまったから。もう二度と、まりんを危険な目に遭わせまい、と誓った。幼馴染として、決して、まりんの傍を離れない、と、誓ったんだ。

 それなのに……その行動のせいで、まりんが傷つくことになっていたんだとしたら――。

 ちょうど、予鈴が鳴り始めたときだった。中学の頃と同じようで、少し違うような……違和感さえ覚えるその音色が響き渡る中、本庄の慰めるような声がかすかに聞こえた。


「守り方も一つじゃない……と俺は思うよ」

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